嘘と恋とシンデレラ
第10話
────うっすらと目を開ける。
白い天井が見えた。
そのうちだんだんと身体に感覚が戻り始め、ふかふかの柔らかいところに寝ていることに気が付く。
「おはよう」
声をかけられてはっとする。横を向くとベッドの傍らに星野くんがいた。
わたしの左手を愛しげに包み込んで握り締めている。
「目覚めのキスはいらなかった?」
なんておどける彼の微笑にぞくりと凍える背筋。
「……っ!」
自分の身に起きたことを思い出し、慌てて起き上がろうとした。
だけど、ふわふわする頭と目眩に阻まれる。
「だめだよ、いきなり動いちゃ。気分悪くなっちゃうからね」
そう言う星野くんに支えられながら上体を起こした。
ベッドの上に座る形になる。
「……何、したの?」
「んー? きみをちょっと眠らせただけだよ。紅茶、美味しかったでしょ」
どきりとした。舌の奥の方が苦くなる。
わたしが愛沢くんにしたことを思い出した。奇しくも同じ目に遭わされたわけだ。
「何のつもり……?」
膨らむ警戒心で声色が尖る。
一方で彼はいっそう笑みを深めた。
「外の世界は危ないから、これからは僕とここで暮らそう?」
わたしにそう問われることは予想通りだったのか、あらかじめ用意していたみたいに澱みない返答だった。
思わぬ言葉ではあったけれど、敵意や悪意は感じられない。
「そ、それは無理だよ。こんなの犯罪みたいだし……」
「どうして? こころは自分の足でここへ来たし、今だって縛られてるわけでもないのに」
つまり、逃げる余裕があったのにそうしなかったわたしは完全な“被害者”とは言えない、という主張だ。
「犯罪なわけないでしょ? 恋人同士が一緒に住むだけなんだから」
うっとりとそう言ってのけると、自身の頬にわたしの手をすり寄せる。
(だめだ……)
普通に訴えても通じない。
急速に危機感が沸き立ち、焦った。
「で、でもきっと迷惑だよ。響也くんのお父さんとかお母さんにも……」
彼の両親が帰ってきたら助けてもらう。それしかない。
そんなことを密かに考えていたけれど、星野くんに怯んだ様子はなかった。
「無駄だよ」
「え」
「ここには僕たち以外誰もいないし、誰も来ないから」
わたしの思惑はとうに看破されていた。
ますます焦ったものの、彼が増長することはなかった。
その表情に暗い影がさす。
「僕の両親もこころと同じ。……もうこの世にいないんだ」
息を呑む。鉛のように心臓が重たく打つ。
まったく知らなかった。いや、きっと忘れていた。
「だけど、だからこそ僕たちは親しくなったんだよ。同じ境遇にあるって分かったから」
星野くんにいつもと変わらない微笑みを向けられる。
きっと彼にとってはもう“辛い過去”じゃないんだ。
わたしと仲を深めた“きっかけ”とでも受け止めているのだろう。