嘘と恋とシンデレラ

 呼吸も忘れ、慌てて手に取った。
 ずしりとした重みが手から腕、腕から肩にかけて伝わってくる。

 隠すようにして立てかけられていた金属バットだ。
 およそ星野くんやこの部屋に似つかわしくない代物(しろもの)

 授業中、フラッシュバックした記憶が蘇ってくる。

 確かにわたしは何かで殴られた。
 恐らくは金属バットで。
 それが振り下ろされる瞬間が焼きついて離れない。

(まさか……)

 心臓がばくばくと早鐘(はやがね)を打ち、そのたびに額の怪我が(うず)いた。

 まさか、わたしは星野くんに殴られたのだろうか。

 動揺と恐怖から手が震える。
 突き返すようにバットを元に戻すと、素早くクローゼットを閉めた。

 やっぱり、これ以上こんなところにいられない。
 彼とふたりきりなんて危険過ぎる。

 出来ればこの機会に、屋上でうやむやにされたことを聞き直そうと思っていた。

 だけど、無理だ。
 逃げ道も助けもないこんな場所で問い詰めたら、きっと────。



 がちゃ、とドアが開けられた。
 水の入ったコップを片手に星野くんが戻ってくる。

「あれ? どうかした?」

 わたしの波立った感情や渦巻く思考なんて知るよしもなく、いつも通りの微笑をたたえて首を傾げた。

 本当にわたしを殴って突き落としたのが星野くんなのだとしたら、どうしてそうも平気な顔をしていられるのだろう。

 “守れなくてごめん”?

 わたしを一番害そうとしたのは、ほかならぬ彼自身じゃないのか。

「……ねぇ、わたしに嘘ついてることない?」

 意を決して尋ねた。
 というよりは、腹が立って衝動的にぶつけてしまった。

「…………」

 刹那(せつな)、その顔から表情が消えた。余裕が失われた。

 しかしそれは本当に一瞬のことだった。
 もしかすると、わたしの見間違いだったかもしれない。

「ないよ?」

 星野くんは微笑む。
 色も温度も抜け落ちてしまったかのように冷たく。



     ◇



「こころ、ご飯食べよう」

 そう呼びかけられ、わたしは重たい足取りでリビングの方へ向かった。
 いつの間にか窓の外は闇に染まっている。

 隠されていた金属バットや星野くんの冷ややかな笑みを目にして、反発することが恐ろしくなった。

 大人しく息を潜め、逃げ出す隙を窺っている。
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