嘘と恋とシンデレラ
第2話
洋風の白い一軒家の前に立つ。
比較的新しそうな2階建ての家だ。
病院で一晩過ごし、わたしはバスを使って自宅へ帰ってきていた。
わたしが持っていたのはスマホと生徒手帳、それから家の鍵だけ。鞄はなかった。
もともと身につけていたらしい制服に着替えて退院したのが今朝のこと。
ブレザーの胸元に縫いつけられた校章から、星野くんたちと同じ学校だということが判明した。
無事に帰宅出来たのは、マップアプリに“自宅”として住所が登録されていたお陰だ。
“灰谷”の表札を確認して門を潜り、少し緊張しながら玄関を開ける。
家族には会いたいような、会いたくないような。
気の抜けない硬い気持ちで家の中に足を踏み入れる。
「ただいま……」
どきどきしながら言ったけれど、しん、と静まり返っていて人の気配はない。
(誰もいない?)
わたしは首を傾げながら、適当に部屋のドアを開けて回った。
「……あ」
リビングに入ったとき、ようやく分かった。
どうして両親から音沙汰がなかったのか。
家に誰もいない理由も。
(ふたりとも、もう……)
チェストの上に写真と骨壷があった。
手元供養のための小さな仏壇だろう。花や蝋燭も置いてある。
写真立てを手に取ってみた。
写っているのは優しく微笑む男の人と女の人────今のわたしには覚えがないけれど、きっと両親だ。
「…………」
こと、と元に戻しておく。
不意にとてつもない孤独感が背中を滑り落ちていった。
足がすくんで身体が強張る。
見えない影に飲み込まれそうで、肌寒くなった。
(わたし、ひとりぼっち?)
冷たく残酷な認識に包まれる。
いつの間にか心に出来ていた空洞を、木枯らしが吹き抜けていった。
いったい、誰を頼ればいいのだろう。
何も覚えていないわたしにとって、何がこの世界の指針となってくれるのだろう。
──ピンポーン……
突然響いてきたインターホンに、はっとする。
「!」
モニターを確かめると、昨日病室で目覚めたときからついてくれていた彼が映っていた。
今はまだ午前中。本来なら授業を受けている時間帯のはずなのに。
制服姿ではあるけれど、今から登校するつもりはなさそうだ。
荷物を持っていない。
わたしは少し警戒しながら、ボタンを押して音声を繋げた。
「はい……」
彼が弾かれたように顔を上げる。
『こころ、帰ってたんだな。大丈夫か?』
「う、うん。何とか」
『なあ、開けてくれよ。話がある』
星野くんと同じように、彼もまたそんなふうに切り出した。
もしかして、この人も何かを知っている?
怪我についてではなくても、わたしのなくした記憶については知っていることがあるに違いない。
恋人だと主張するのなら。
(ちょっと怖いけど……)
先に星野くんと話をして、彼が嘘をついているようには見えなくて。
そのせいでこの人に対する警戒心が強まっていた。
どちらかが嘘つきだと仮定するなら、自ずとそうなってしまう。
もちろん、先に話したのがこちらの彼の方だったら、また違う感情や印象を抱いていた可能性はある。
それでも、話をするべきだろう。
絶対にわたしと無関係ではないはずだから。
「今行くね」