嘘と恋とシンデレラ
     ◇



「響也くん……。響也くん……!」

 冷えきった手でインターホンを鳴らし、(すが)るようにドアを叩く。

「こころ? どうし────」

 ほどなくして現れた彼に思わず抱きついた。

 水を吸ったブラウスは、いつもより(へだ)たりを薄くしていた。
 直接触れているように体温が溶けて染みてくる。

 そのあたたかさに心の底から安心した。

「助けて」

 じわ、と涙が浮かぶ。

 響也くんが本物だった。
 わたしを隼人の脅威から守って救ってくれたのは彼だった。

 信じるべきは響也くんだと分かった今、遠慮も躊躇(ちゅうちょ)もいらないはずだ。

 彼が味方なら────。

「……大丈夫。もう泣かなくていいよ」

 優しい声に身体の強張りがほどけていく。
 つ、とこぼれた雫が落ちた。

「聞かせてくれる? 何があったのか」



     ◇



 わたしは紅茶に口をつけた。
 その味にほっとする。

 冷えた指先にあたたかい温度が染みて、波立っていた心は随分と落ち着きを取り戻した。

「あ、の。ごめんね、服」

 雨に濡れたまま抱きついてしまったことで、彼の服も濡らしてしまった。

 わたしに着替えまで貸してくれて、ありがたいやら申し訳ないやらだ。肩をすくめる。

「いいよ、そんなこと。寒くない?」

 ふかふかのタオルで髪を拭ってくれながら労られ、大丈夫、という意味を込めて頷いた。
 いつにも増して彼の甘くて優しいにおいがする。

「……前にもこんなことあったな」

「え?」

「雨の中、こころが逃げてきたこと」

 ぱさ、とタオルが肩に落とされる。

「教えて。今日は何があったの?」

 響也くんが覗き込むようにしながら距離を詰めた。
 ソファーが沈み、その存在を意識したことで安心感が広がっていく。

 ぎゅ、と両手を握り締め、俯いたまま口を開いた。

「帰ったら、家に隼人がいた」

「え……。勝手に上がり込んでたってこと?」

 こく、と首肯する。
 彼は呆れつつ腹を立てたように眉を寄せた。

「それ、で……問い詰めたら、自分が元彼だって。わ、わたしの首を……」

 恐ろしい出来事を思い出し、つい語り口が弱々しくなる。

 言いながら思わず首に触れると、ひりひりと痛みが走った。

 響也くんはそっとわたしの髪を避け、首元に目をやる。
 そうして息を呑んだのが分かった。

「絞められたの?」

 恐らくひと目見て分かるくらいの痕が残っているのだろう。
 いつになく硬い声色で尋ねられ、泣きそうになりながら小さく頷く。
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