嘘と恋とシンデレラ

「…………」

 響也くんが深く息をついてから、ゆるりと首を振った。
 信じられない、とでも言うように。

 今になって焦りが湧く。
 彼が怒りに任せて隼人の元へ向かったりしたら危うい気がする。

 わたしに手をかけようとした隼人なら、響也くんにまでそうしたっておかしくない。
 わたしのせいで彼の安全まで脅かされてはたまらない。

 たまらず口を開こうとしたとき、ふわりと柔らかい風が起きた。
 気が付くと響也くんに包み込まれるようにして抱き締められている。

「怖かったよね……」

 控えめに背中を撫でられ、驚いてしまった。
 あまりにも優しくて息が止まりそうになる。

 じん、と胸の内に灯がともったようだった。
 何より先にわたしを案じてくれたのが嬉しくて。

 怖くて不安だった。苦しい思いもした。
 だけど、響也くんがいてくれて本当に救われた。

「もう何も心配いらないから」

「ありがとう。……今まで疑ってごめんね」

 そう言うと、彼はそっと離れてやわく首を横に振る。

「でも分かってくれたんだよね、僕が本物だって」

 その表情が(やわ)らいだのを見て鼓動が高鳴った。
 忘れていた気持ちが舞い戻ってきたみたい。

「よかった」

 染み入るように呟いた響也くんの手が離れようとしているのに気付いて、わたしは咄嗟に掴んだ。

「……このままがいい。離さないで」

 不意に彼の指先が戸惑うように動く。
 縋るように見上げた。

「響也くんが触れても、わたし壊れないから……」

 気付いていた。
 緩くほどけてしまいそうな手の繋ぎ方も、(いつく)しむように慎重な触れ方も、ぜんぶわたしを想ってのことだと。

 ようやく分かった。
 彼の計り知れない優しさは“愛”なんだと。
 そんな愛を、最初から惜しみなく注いでくれていた。

「だから────」

 そう揺れる双眸(そうぼう)を見据えたとき、その手が頬に添えられた。

「……分かった」

 響也くんの顔にいつもの微笑が戻る。
 とろけるほど甘い眼差しと表情。

「僕はきみのものだからね」

 ゆっくりと優しいキスが落ちてくる。

 重たくて暗い感情が浄化されていく気がして、心地よさに目を閉じた。

(つくづく正反対だ……)

 (かたわ)らでそんなことを思った。

 隼人は、わたしは自分のものだと考えている。
 響也くんは、自分はわたしのものだと。

 わたしに必要な愛の形は────。
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