嘘と恋とシンデレラ
     ◇



 彼の家に泊まって一夜明け、制服に着替えるとふたりで朝食をとった。

「よかった、顔色いい。風邪は引いてないみたいだね」

「うん、ありがと。響也くんのお陰だよ」

 笑い返すものの、正直なところ中途半端な心境だった。
 時間が経つにつれて、だんだん冷静で合理的な思考が働き出した気がする。

 いくら彼が本物の恋人だと分かったところで、寄り添ってくれたところで、心の底から信じられているのかと問われると、明確に迷わず頷くことは出来ない。

 紅茶のことやバットのことが気にかからないわけがなかった。

 わたしを守ろうとしてくれただけ。
 彼は隼人に(おとしい)れられただけ。

 そう納得しようとしたけれど、ふと頭をちらついては漠然(ばくぜん)とした嫌な予感を掠めていって。

「……こころ、平気? 一旦帰れそう?」

「う、ん……。帰らなきゃだめだよね」

 荷物をすべて放って家を飛び出し、隼人から逃げてきた。
 学校へ行くには一度戻らなきゃならないだろう。

 響也くんに甘えっぱなしではいられないし、そもそもいつまでも隼人から逃げられるはずがない。

「でも、大丈夫かな」

 まだ家に彼がいたらどうしよう。
 (はち)合わせたらどうなるか分からない。

「心配ないよ、僕がついてる」

 澄んだ声色で(つむ)がれた言葉を心強く思いながら、わたしはこくりと頷き返した。



     ◇



 自宅の前に立ってみるけれど、特別変わった様子は見受けられない。

 隼人を警戒しつつ、ふたりで門を潜る。
 玄関の取っ手を引くと、何の抵抗もなく開いた。

「僕が先に行くよ」

 そう言ってくれた彼について家の中へ足を踏み入れる。
 慣れ親しんだ場所なのに、今は少しも気が抜けなかった。

 隼人がどこかに潜んでいるかもしれない。
 あるいは鍵が開いたままだったから、泥棒とかまったく無関係の不審者が入り込んでいる可能性だってある。

「ここで待ってて。ちょっと見てくる」

 大人しく響也くんに従って土間(どま)部分で立ち止まった。

 彼はひと部屋ずつドアを開け、不穏な影がないか確かめていってくれる。
 一通り終えると、リビングから顔を出した。

「大丈夫。1階には誰もいないみたい」

「本当? よかった……」

 ほっと息をつくと、肩から力が抜ける。
 靴を脱いで上がり、わたしもリビングに向かった。

「2階も確かめてくるね。こころは下にいて」

 すれ違いざま、優しく頭を撫でてくれる。
 彼は(おく)することなく廊下に出て階段を上っていった。
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