嘘と恋とシンデレラ

「……別れたあと、俺は確かにお前につきまとってた。ストーカーって言われても無理ないと思うけど、どうしても受け入れられなくて」

 いつもの強気で強引な素振(そぶ)りはない。
 この()に及んで嘘をついているとも考えづらかった。

「そうやってこころを見てるうちに、星野に騙されてるんだなって思った。お前、あいつのやばさに気付いてなかったから。そのうちマジで殺されると思って」

 どきりとする。
 それをはっきりと否定することは出来なかった。

『終わらせてあげるよ、いつでも』

 響也くんの狂気の片鱗(へんりん)に触れていながら、実際に死の瀬戸際(せとぎわ)に立たされるまで見ないふりをしていた。

『ねぇ、どうかな。ふたりで永遠に一緒になるの』

 優しさに溺れて、(すが)って、盲目的に信じようとして。
 危うくその独りよがりな愛の餌食(えじき)になるところだった。

「でも、とっくに別れたストーカーの俺が言うことなんて信じてくれないと思って。そんなときだよ、お前が記憶を失ったのは」

 隼人が顔を上げる。
 その眼差しは決然としてさえいた。

「俺こそが本物の彼氏だって信じさせることが出来れば……あいつの脅威を遠ざけられるって、守れるって思って。それで嘘ついてた」

 わたしが記憶をなくしたのは本当に偶然だったものの、彼にとってはまたとないラッキーだったわけだ。

「昨日のは……そうだな、強引だったよな。こころのこと追い詰めればあいつのとこ行くだろって思って。そしたらあいつ、尻尾(しっぽ)出すかなって」

「え……。そう、だったの?」

「我ながら無理なやり方だったと思う。下手したら殺されてたわけだし。でも、俺ももう必死だったんだ」

 (しん)に迫った切実な様子を目の当たりにして、彼の本心がひしひしと伝わってきた。
 そこに悪意は感じられない。

 衝撃的ではあるけれど、そういうことだったのなら確かに納得のいく言い分だ。

「ごめんな、散々怖い思いさせて」

 痛切(つうせつ)な表情を浮かべたまま、わたしの頭に手を載せる。
 それを振り払う気にはどうしてもなれなかった。
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