嘘と恋とシンデレラ

「前に付き合ってた頃はさ、俺、結構そっけなくしてて。そのせいで……そういう、接し方とか愛し方とかが間違ってたから別れることになったのかなって」

 ぽつりぽつりと彼の言葉で(つむ)がれる過去。
 一度失った日々の話。

「だから今度はうまくやろう、って。あと、あいつに近づかせないようにしないと、って……。だけどそのせいで窮屈(きゅうくつ)な思いさせたかも」

 行き過ぎた束縛の理由にもやっと理解が及んだ。
 あれほど必死だったのにも頷ける。

 思惑を隠す必要がなくなったからか、隼人は惜しみなく心情を吐露(とろ)してくれた。

 ベールに包まれていた謎や不安の原因が明かされ、隼人に対して芽生えていた抵抗感や不信感、あらゆる暗い感情がみるみる消えていく。

「……そうだったんだ」

 小さな声で言いながら俯く。

 彼の真意も知らないで、一方的に悪者だと決めつけていた。
 自分の浅はかさに嫌気がさす。

「でも俺……ずっと不安だったんだよ。ただお前を守りたかっただけなんだ」

 強く肩を掴まれ、はっとした。
 揺れる双眸(そうぼう)で彼を捉える。

「もう嘘はついてない。お前が信じても信じなくても、これが俺の本心」

 きっぱりと迷いのない声色。
 背中に腕を回され、その手が後頭部に添えられた。
 離したくない、という強い思いが伝わってくる。

「もう1回やり直したい」

「!」

「……まあ、今は混乱してるだろうから返事はすぐじゃなくていいよ」

 速まる鼓動を自覚した。
 さら、と指先が髪を撫でる。

「だけど俺の気持ちは変わらない。こころ以外考えられないから」

 まっすぐな言葉が凜と響いてきた。
 ぽっかりと空いていた心の穴を満たして潤わせていく。

 彼の存在がわたしの意識を(さら)っていった。
 この温もりを大切にしたい。失いたくない。そう思うくらいに。



 ────ややあって、どちらからともなく離れる。

 吹いてくる風は先ほどより華やいでいるように感じられた。
 見える世界は明るい。

 カッターナイフを見下ろし、かちかちと刃を押し戻した。

「……ありがとう。ごめんね、隼人のこと誤解してた」

 そう言うと落とした視線を上げ、彼の瞳を見つめる。

「でも今なら、信じたいって思う」

 隼人の表情から強張りがほどけ、わずかに和らいだ。

「待ってるから」

 唇の端を結び、こくりと頷いて応える。

 わたしの心を取り巻いていた(きり)が晴れていくような気がした。
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