エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~小説版
「なんだ。喜久から聞いてないのか?」

 私の叫び声が聞こえたのか、廊下の奥から咲仁くんが戻ってきた。

「聞いてない、です」

 本当に、うちのパパはなにを考えているのか。もう何があっても驚くを通り越して脱力してしまう。

「仕方がないな……まあ、立ち話をなんだ。リビング行くか」

 呆れたようにため息をつく咲仁くんがリビングに先導する。
 なんで家主の娘であるはずの私が咲仁くんに案内されているんだろう……

「珠子ちゃんご案内~」

 後ろから抱き着く形になっていた幸夜くんが、そのまま私をひょいっと抱き上げた。

「やっ、ちょっと!」

 幸夜くんの腕を押して抵抗してもビクともせず、私はそのままリビングに運ばれ椅子に座らされた。

「まあ、そういうこだ。受け入れろ」

 ダイニングテーブルを挟んだ向かいに咲仁くんが座り、隣に幸夜くんが座った。

「今日から僕らと同居です! ううん。僕とは、同棲かな?」

 腕を組んで背もたれにもたれ掛かってなんだか偉そうな咲仁くんに、机に肘をついてニコニコ私を見てくる幸夜くん。
 対照的な二人に見つめられて、私は同居も同棲も嫌だ! っていう感想しか浮かばない。
 イケメン二人と突然の同居生活なんて少女漫画じゃあるまいし、受け入れられるわけがない。

「女の子の一人暮らしは危険がいっぱいだからね。僕らがいれば安心安全」

 幸夜くんがそう言っても、むしろ危険が家の中に入り込んできたとしか思えない。

「でも正直、兄さんがお邪魔虫〜」

「お前が暴走しないように、見張り役だ」

 咲仁くんに向かって唇を尖らせる幸夜くんが狼だとしたら、さしずめ咲仁くんは狩人? でも、狩人の機嫌を損ねたら銃口は私を向くかもしれない。
 食べられるか撃たれるか、そんな二択に挟まれた生活は嫌だ! パパにまた電話して文句を言わなきゃとテーブルの下でこぶしを握り締めていると、咲仁くんが口元を押さえて激しくせき込んだ。

「大丈夫……?」

 思わず、心配になってしまう。
 今日一日、咲仁くんがマスクを外した姿を見たことがなかった。咳をしているのも、これが初めてじゃない。
 喉の奥の方から込み上げてくるような、湿った嫌な咳だった。

「風邪薬ならあるけど、飲む?」

 常備薬として、総合風邪薬なら家にある。それなら、咳止めとかも入ってるはず。
 そう思って声を掛けたけど、発作のような咳が治まった咲仁くんは首を横に振る。

「いい。必要ない」

 いつもマスクをしているから、咲仁くんの表情はわからない。咳をしていたからそういう風に見えるだけかもしれないけど、なんだか辛そうに見えた。

「薬で治るようなものじゃない。癖みたいなもので、感染するようなものじゃないから安心しろ」

 自分にうつるうつらないで心配しているわけじゃないのに、そう言われると悲しくなってしまう。
 じっと咲仁くんを見つめていたけど、咲仁くんは目を伏せて私の方を見ようとしない。
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