エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~小説版
第四話「希望の花嫁」
こんなに、走ったのはいつぶりだろう。
雨が傘を叩く音。途切れ途切れの自分の息遣い。それを追う、奇妙なライオンの足音。
怖ろしくて振り返ることも出来なかった。
振り返ったらなにもいなくて、雨で見た奇妙な錯覚だと思いたかった。でも、背後に迫る気配がその希望にすがるのを許さない。
小刻みに河川敷のアスファルトを叩く私の足音と違って、奇妙なライオンの足音はどこか余裕があるようにゆったりとしていた。いつでも捕らえられるのをわざと泳がせて遊んでいるようにも思えて、走ったせいだけじゃない冷たい汗が背中を伝うのを感じる。
「きゃあっ!」
体育の授業ぐらいしか運動らしい運動をしたことがない私が、短距離走を走る勢いで長時間走れるわけがなかった。
来た道をそう戻らないうちに、気持ちに足がついてこなくなってしまった。
自分の足に自分の足がからまって、バランスを崩して盛大にこける。
上手く受け身を取ることさえ出来なくて頭から地面にぶつかり、湿った土の味がした。
膝と両手を擦りむいた感触がしたけど、痛みを感じる場合じゃない。
そのまますぐに立ち上がろうとしたけど、完全に体を起こす前に手元に衝撃が走り再び地面に突っ伏した。
傘が舞う。
今朝、トラックに轢かれたのとはまた違う壊れ方。
鋭い爪で布地を引き裂かれた傘が、私の手を離れて弾き飛ばされたのが見えた。
思わず目で追いそうになった瞬間、今度は背中に強い衝撃を感じた。
「うっ……!」
再び胸が地面につき、押しつぶされた肺からくぐもった音がする。
悲鳴を上げられないほどの圧迫を背中に受けて、地面に這いつくばる。
私の背中を押さえるソレが何かなんて考えたくもなかった。
傘を手放した私の体を濡らす。でも、雨じゃない獣臭い液体が後頭部に降ってくるのも感じていた。
さっき見たライオンの大きな手足が、大きな口が、そこに並ぶ鋭い爪と牙が思い起こされる。
なんで!? どうして!?
奇妙な現実を受け入れられない。
走馬灯のようにみんなの顔が思い浮かぶ。
パパ――花――芽依、栞里、正美、榴先輩――幸夜くんと……咲仁くん。
いっそ気を失ってしまいたかったのに、涙が溢れるばかりで意識ははっきりとしていた。
迫りくる痛みから目を逸らすように、私は目をきつく閉じた。
雨が傘を叩く音。途切れ途切れの自分の息遣い。それを追う、奇妙なライオンの足音。
怖ろしくて振り返ることも出来なかった。
振り返ったらなにもいなくて、雨で見た奇妙な錯覚だと思いたかった。でも、背後に迫る気配がその希望にすがるのを許さない。
小刻みに河川敷のアスファルトを叩く私の足音と違って、奇妙なライオンの足音はどこか余裕があるようにゆったりとしていた。いつでも捕らえられるのをわざと泳がせて遊んでいるようにも思えて、走ったせいだけじゃない冷たい汗が背中を伝うのを感じる。
「きゃあっ!」
体育の授業ぐらいしか運動らしい運動をしたことがない私が、短距離走を走る勢いで長時間走れるわけがなかった。
来た道をそう戻らないうちに、気持ちに足がついてこなくなってしまった。
自分の足に自分の足がからまって、バランスを崩して盛大にこける。
上手く受け身を取ることさえ出来なくて頭から地面にぶつかり、湿った土の味がした。
膝と両手を擦りむいた感触がしたけど、痛みを感じる場合じゃない。
そのまますぐに立ち上がろうとしたけど、完全に体を起こす前に手元に衝撃が走り再び地面に突っ伏した。
傘が舞う。
今朝、トラックに轢かれたのとはまた違う壊れ方。
鋭い爪で布地を引き裂かれた傘が、私の手を離れて弾き飛ばされたのが見えた。
思わず目で追いそうになった瞬間、今度は背中に強い衝撃を感じた。
「うっ……!」
再び胸が地面につき、押しつぶされた肺からくぐもった音がする。
悲鳴を上げられないほどの圧迫を背中に受けて、地面に這いつくばる。
私の背中を押さえるソレが何かなんて考えたくもなかった。
傘を手放した私の体を濡らす。でも、雨じゃない獣臭い液体が後頭部に降ってくるのも感じていた。
さっき見たライオンの大きな手足が、大きな口が、そこに並ぶ鋭い爪と牙が思い起こされる。
なんで!? どうして!?
奇妙な現実を受け入れられない。
走馬灯のようにみんなの顔が思い浮かぶ。
パパ――花――芽依、栞里、正美、榴先輩――幸夜くんと……咲仁くん。
いっそ気を失ってしまいたかったのに、涙が溢れるばかりで意識ははっきりとしていた。
迫りくる痛みから目を逸らすように、私は目をきつく閉じた。