エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~小説版
     *

 シャワーを浴びながら、さっき擦りむいたはずの両ひざと両手を見る。
 こびりついていた血を流すためにボディーソープで洗ったけど、しみたりもしなかった。
 泡を流した後に、傷は一つもない。誰かの血がついてしまったようにただ表面に血がついていただけで、転んだ時の感触も痛みも全部夢のようだった。

「どう? ちょっとは落ち着いた?」

 まじまじと怪我の消えた体を見ていると、脱衣所に続く曇り戸がノックされる気配がした。
 慌ててシャワーを止めると、花の声がした。

「うん。……花も次入る?」

「私はそんなに濡れてないから。タオルだけ、もう少し借りるね」

 花も傘を差さないでいたから、濡れているはず。そう思って声をかけたけど、断られてしまった。

「好きなだけ使って」

「ありがとう」

 曇り戸に映る花の影が立ち去るのが見えて、私は再び蛇口をひねってシャワーを浴びる。
 熱いお湯で、雨で冷えた体が温まる。
 怪我が治ってるのは、たぶん花がやったんだ。
 花の手が光ったように見えたのは、きっと気のせいなんかじゃない。榴先輩もオオカミに変身するし、幸夜くんも水を操っていたし、信じられないようなことばかり。
 お風呂場に立ち込める湯気を眺めながら、考えようとするけれど、考えてわかるようなことじゃない気がした。

 小さくため息をついて、温まった体を動かして蛇口を締めると脱衣所への扉を開く。

 そして――目が合った。

「きゃああああああああああ!」

 悲鳴を上げた私はすぐに扉を閉めて、再び湯気の中へ舞い戻った。
 しゃがみこんで、裸の体を抱える。

 目が合ったのは、咲仁くんだった。
 着替えている最中だったのか上半身裸でズボンも緩めていて、驚いた顔が目に焼き付いている。目に、焼き付いて……
 咲仁くんの右のわき腹に、大きな傷跡があった。手術の跡みたいなのとは全然違う。大怪我したのをそのまま放置して、治っただけみたいな深くえぐれた傷跡。

 赤くなった体が青ざめる気がした。
 でも、目が合ったってことは咲仁くんもバッチリ私を見ていたっていうこと。半裸の咲仁くんが、全裸の私を見ていた。なんてこと!
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