エルピスの花嫁~双子の神様に愛されて~小説版
「そもそも、絶世の美女だったパンドラとおまえは似ても似つかないからな」

 濡れた頬を優しく撫でていたはずの手が、私の頬を摘まんだ。
 慈悲に満ちていた眼差しが悪戯っぽく細められ、口元が歪む。

「どうせ私は美女じゃないですよ!」

 しとしとと零れていた涙も引っ込み、デリカシーのない言葉に激高する。
 神々に全てを与えられたなんて肩書きを持つパンドラはさぞやセクシーダイナマイトボディな絶世の美女だったんでしょうよ。平べったい体の地味な女子高生と比べるまでもないんでしょう。
 私はパンドラじゃないと言いつつ、パンドラと混同して見られていると気を揉んでいることがバカらしくなってしまう。

「元気出たみたいだな。やっぱ、オマエはその方がいいよ。人形みたいなパンドラより、俺は百面相のオマエの方が好きだよ」

 微笑む咲仁くんの言葉に、指先まで血が巡るのを感じた。

「私の方が……好き……?」

 思わず復唱した言葉に、咲仁くんの頬にさっと朱が差す。それを隠すように肘で顔を隠す。

「あー……そういう意味じゃねぇ。幸夜に言うなよ。誤解されると、殺されるから」

「う、うん……」

 頷いても、胸がドキドキして全身が熱い。
 口止めはされたけど、好きの言葉自体は撤回されなかった。それが、こんなにも私の胸を熱くする。

「なんにせよ、オマエがパンドラだろうがそうじゃなかろうが好きなヤツはオマエを好いているし、嫌ってるヤツは嫌ってる。どちらにせよ、オマエは希望の花嫁なんだ。胸を張ってろ」

 悪口も、私を怒らせて元気づけようとしてくれたんだとわかる。励ましてくれる咲仁くんに、私は首を傾げて聞いてみる。

「結局、その希望の花嫁って何なの? パンドラの箱とかは知ってるけど、エルピスとか聞いたこともないよ」

 パンドラの箱はいろんなモチーフになっているし私も知っていたけど、希望の花嫁なんて聞いたことがない。

「なんで私はあんなのに襲われたの? パンドラの箱を開けたりしたから?」

 思い出すだけでもゾッとする、奇妙な生き物。あんなのに狙われる心当たりなんて、私がパンドラの生まれ変わりというのが本当なら、箱を開けて災いをぶちまけたからだとしか思えなかった。
 でも、咲仁くんはそれを即座に否定した。

「違う。それは関係ない。災厄が世界を覆ったのは、オマエのせいじゃない。全部、キメラをけしかけたヤツの思惑だ」

 パンドラが災いを招くように差し向けた人と、私にキメラ――たぶん、あの化け物のことだ――を差し向けた人が同一人物。
 私の前世っていう時代から誰かが関わっていると思うと、空恐ろしい気がした。

「思惑を外れて、オマエが希望の花嫁になったから、だから命を狙われている」

 命を……
 薄々感じてはいたけれど、改めて言葉にされると恐怖が身に染みる。

「それで、エルピスの花嫁って……」

「明日、花から説明させる」

 更なる説明を求める私に、遮るように言葉を重ねてくる。

「どうして?」

 どうして今説明してくれないんだろう。どうして、咲仁くんじゃなくて花が説明するんだろう。
 不思議に思っていると、更に不思議な答えが返ってきた。

「異性の俺から聞くより、花の方がいいだろ」

 更に追求したかったけど、私も疲れてしまっていた。
 明日花からというのを受け入れて、私は部屋に戻って再び眠りについた。
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