余命1年半。かりそめ花嫁はじめます~初恋の天才外科医に救われて世界一の愛され妻になるまで~
もう一度笑えるまで、あと数時間
世間ではお盆休みに入る直前、俺は勤務時間を終えても自分のデスクに座って事務仕事をしていた。時々スマホを見やるも、三日前に大阪へ行って以来、天乃から連絡が来ることはない。
軽く頭を振って彼女の残像を掻き消し、無心で今日行った手術の記録をまとめている俺に、医局にやってきていた三浦さんが声をかけてくる。
「芹澤先生、まだやっていくんですか?」
「ああ、これだけやったら帰るよ」
短く返してすぐにキーボードを打ち始めると、帰り支度を整えた研修医も話に交ざる。
「先生、どうしたんですか? 一昨日くらいからずっと仕事モードでピリピリしてますよね」
「かと思えば、ランチのサラダと間違えてカレーにドレッシングかけるくらいぼーっとしてる時もあるし、先生の情緒が心配なんですけど」
怪訝そうに見下ろす三浦さんに言われ、再び手を止めて昼間に食堂で食べたなんとも言えない味のカレーを思い出す。
手術中はもちろん目の前の患者のことだけを考えているし、今のような事務作業中も気を抜かないようにしているのだが、食事中はそうもいかない。
「あのカレーは新境地だったね」
「そこじゃなくて」
三浦さんは無表情ですかさずツッコんだ後、腕を組んで小さく息を吐く。