小説版 yellow 宝の星と光の戦士
 ある夏の夜ーー。

 黄金色の王冠を頭に乗せた男は、じっと扉を見つめていた。扉の向う側で、新たな命の誕生を迎えようとする者たちのざわめく声が、微かに耳に入ってくる。

(……まだか……?)

 男が待ち望んでいるのは、赤子の産声。

 しかし、その声は耳に届かなかった。赤子の誕生に、歓喜の声をあげた者たちによって、かき消されてしまったのだ。

 望んだ声を聞くことは出来なかったが、男の胸に喜びが押し寄せる。向こう側へ飛び込んで行きたい所だが、ぐっと気持ちを抑え、扉が開かれるのを待った。





 ほどなくして、男は産まれたばかりの赤子と対面を果す。

「おぉ、なんと素晴らしい! 我が子よ……」

 男の頬の上を一粒の涙が流れれば、赤子を連れて来た女官長は、目を丸くして驚いた。

「まぁ、王様! その様なお姿、皆が見たら驚きますよ?」

 王様と呼ばれた男は普段、人前で涙を見せないのだろう。

「今日だけは許せ」

 限定的に願い出た男には、それなりの想いがあった。





 黄金色の冠を頭に乗せた男の名は、貴光(たかてる)。頭にある物が彼の身分を象徴する様に、宝球界を治める王である。

 王の血筋というものは、こちらの世界でも重要視される存在だ。にも拘らず、后の美咲(みさき)は身体が弱く、子を授かる事は難しいと医師から告げられてしまっていた。

 世継ぎの誕生を期待される立場にありながら、なかなか子宝に恵まれなかった二人に、奇跡が起きた。その奇跡の宝が、貴光の腕の中で眠る小さな命である。

「フフフ。仕方のない王様ですこと」

 皆が驚くと口にしながらも、貴光が流した涙の重みを知る女官長は、娘を抱く彼の想いを、にこやかに受け止めたのだった。



☆★☆★☆★☆



 姫が生まれてから、数日。少しでも時間が空けば、貴光が我が子のいる部屋へと足を運んでいたのは、この日だけではない。

「程々になさらなければ、将来、姫君に嫌がられますぞ?」

 娘の部屋に入り浸る貴光に、呆れた様子で声を掛けたのは、彼の側近を務める(ごう)である。

「それにしても……、お美しいお顔立ちで……」

 貴光の腕の中に納まる姫の顔を覗き込み、豪が感心の言葉を漏らした。まだ産まれて間もない赤子だというのに、整った顔立ちをしている事は明確に分かる。

「そうだろ? 将来が楽しみだ」

 目鼻立ちがくっきりとした男前で、ハンサムな顔立ちの貴光。一方の美咲は、絶世の美女と人々に謳われるほどの美貌の持ち主である。どちらに似ても、容姿端麗な姫として成長するだろうが、彼女の顔立ちは母親似だろう。

 王の娘の上、美しさも兼ね持つとなれば、どれ程の男が彼女を手に入れようとするのか、想像を絶する。予兆は既に始まっており、貴族たちの間では姫の婚約候補者の噂で持ち切りだ。相手に選ばれた男が次期王の座を得るのだから、無理もないのだろうが……。

 これから起こりうる姫の争奪戦をひっそり予測しながら、豪はまだ知らぬ彼女の名を尋ねた。

「ところで、お名前は? もう、お決めになられたのですか?」

「あぁ、やっと決まった」

 貴光は赤子をそっとベットに置くと、娘の名をポツリと口にする。

「……良いお名前で」

「来週の祝賀会の時に、皆に伝えよう」

 来週、姫の誕生を祝う祝賀会が予定されている。その席で、姫の名を公表すると告げた貴光は、日々膨大な公務に追われていた。

「王様、そろそろお時間では?」

 ゆっくり娘との時間を過ごしたいというのに……。貴光は渋々、娘の部屋を出た。





 貴光が部屋を後にしてすぐ、パリン……っと、窓ガラスが割れる音がした。

 貴光は慌てて娘のいる部屋へと引き返す。





 部屋に入った貴光の目に、倒れている豪の姿が飛び込んできた。瞬時に娘が寝ていたベットへ視線を移すと、彼女の姿がない。

 貴光の奇跡の宝は、何者かによって連れ去られてしまった様だ。

「姫を取り戻せ!」

 貴光の怒号と共に、沢山の衛兵が姫を取り戻そうと城から飛び出したが、彼女は戻って来なかった……。
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