ポケット
周りを見れば、美桃と颯星のようにこれからデートに行くであろうカップルの姿が何組か見える。彼氏が服やメイクを褒め、褒められた彼女は嬉しそうに笑ってお礼を言っている。互いに頰を赤く染め、幸せそうだ。そんな二人を見ていると美桃は自然と俯いてしまう。

(私と颯星も半年前まではこうだったのに……)

せっかくのデートだというのに、美桃の顔は暗くなっていく。そんな彼女の心の内側など知らず、颯星が「これ美桃の」と切符を差し出してくる。

「ありがとう。あっ、お金……」

「いい。早く行こう」

バッグの中から財布を美桃が出そうとすると、颯星はそれをすぐに制して歩き出す。彼の体の横で動いている大きな手は、美桃のものと一瞬も触れることがなかった。

『マンネリ』『停滞期』

そんな言葉が美桃の頭の中を埋め尽くす。デートでいつからか颯星は美桃に触れなくなった。キスどころか手を繋ぐこともしていない。共にベッドで眠ることなど当然なく、美桃が「うちに泊まっていかない?」と誘ってもキッパリと断られてしまう。
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