花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 私も副社長も彼女を大事に想っていても、気持ちの表現が上手くいかない。

 宮田香の原動力が実家への反骨心である以上、経営陣の声は響き難いうえ猫可愛がりも嫌がられる。結果、私との縁談を政略結婚と受け取られてしまった。

 親族経営において、組織の重要ポストにつけたい者へ娘を嫁がせるのはセオリー。まるっきり誤解とは言い難く、私にも野心はある。

 ふと擦りガラス越しに影が浮かぶ。

「うっぷ、気持ち悪っ……」

 どうやら水を求め彷徨っているみたいだ。会話を打ち切って介抱へ向かう。

「香さん、大丈夫ですか?」

「ーーここは?」

 額に手を当て、かぶりを振る。それもそうか、相当量を飲んだのだ。

 私を酔い潰すなど100年早いが、彼女は確かに酒に強かった。アルコール耐性がある一方、酔うと手が付けられないという調査結果を体感する。

「私のマンションです。そして、あなたの家でもありますよ」

「ははっ、本気で私と住むんだ? 私、家事全般できないけどいいの?」

 そこは百も承知ーーとは言わない。

「構いませんよ、私がやりますので。こう見えて得意なんです」

 千鳥足をソファーへ導き、ゆっくり座らせる。彼女は私の手を使ってペットボトルの水を含み、こぼれた水滴を拭ってやると身を寄せてきた。

「本当にアルコールが距離を縮めてくれましたね」

「あら、花森課長ってこれくらいで満足しちゃうの?」

 濡れた瞳は駆け引きを仕掛け、挑発的に瞬く。私も男として応じたいところではあるものの、ここは我慢、お預けだ。

「せっかくのお誘いですが、ハニートラップには引っ掛かりませんよ」

「……バレちゃいましたね」

 酔いが引いていくよう砕けていた口調が元に戻る。そして、座る位置も一人分スペースを開けられた。
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