花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
「他人と比べても意味はありません。あなたはあなただ」

 宮田家に囚われるのを誰より嫌うくせ、世間体を誰よりも気にかけ、仕事や結婚も自分の意志で決定したいと主張しつつ、家の顔を窺う。

 宮田香の根は世間知らずなお嬢様。

 だから言葉を額面通りにしか受け止めず、先入観で物事を判断しがち。視野を広くして私の心の内を覗こうとする探究心が芽生えれば、技術者、女性としてだって一皮剥けるだろう。

 ーーと、彼女が自分へ興味を持たない事への慰めをひとしきり巡らせ、もう一度息をつく。

「何か召し上がりますか? 食事をされてないでしょう?」

「え、課長が作るんですか?」

「簡単なものであれば」

「カレーが食べたいです」

 私に施されたくないと拒絶するどころか、即答する。遠慮をしないでリクエストするあたりもお嬢様らしい。

「聞いてました? 簡単なものと言いましたが?」

「カレーの口になりました。明さんのカレーを食べ損なったのは課長のせいなので」

 宮田香とバーのマスターは家族ぐるみの付き合いをしており、実際かなり親しい間柄であった。

「私のせいとは言いがかりも甚だしい」

「課長が来なければ食べられました」

 私が間へ入らなければ、彼の部屋へ転がり込んでいた。
 私には年が離れた幼馴染は居ないので、2人の距離感に違和感を覚える。兄と妹みたいなものとマスターは言うが疑わしい。

「それほどマスターの作るカレーは美味しいのですか?」

「あ! まだお店やってる時間ですね。電話して持ってきて貰おうかな」

「デリバリーのサービスをやっているんです?」

「やってませんよ。カレーもお店には出してません。でも明さんは優しいから何とかしてくれます、きっと」
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