花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?

花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?



『毛並みのいい野良猫ーーと思いました』

 結婚を視野に入れた相手に対し、幾らなんでもこの言い草はないだろう。私はあ然とする。

「カレーはまたにして消化に良いスープを作りましょう。こちらで大人しく待っていて下さい」

 待てを命じる口調は会社にいる時と同じ音程で、課長の部屋で二人っきりというムードは流れない。

 それを残念なんて天地が逆になっても思わないが、女性として意識されていないのは癇に障る。酔い潰れた相手に手を出さないというより、私を出世の道具として扱うみたいで。

 アルコールが抜け、意識ははっきりしてきたのに胸の内が燻った。一刻も早くここを立ち去りたい。
 バッグから携帯電話を取り出すと横から掻っ攫われた。

「な、何するんですか! 返して下さい!」

「マスターへ連絡するのは無しです」

 取り上げた携帯を胸ポケットへ入れる際、くつろげた胸元が否応なしに映る。課長の家なのだからネクタイを緩めて当然といえ、素肌は直視しづらい。

「どうしました? 酔いがぶり返しましたか?」

 目を泳がず私に課長は傾げ、顎の下の引っかき傷を発見した。

「その傷……」

「あぁ、これ。覚えてます? 蹴って殴って頭突きまでされました。マスターとの接触だけでなく飲酒も控えて貰わないといけませんね」

 課長との飲み比べはーー完敗。まさかあんなに強いなんて人は見かけによらない。淡々と煽る横顔から感情が読み取れず、私は自身の酒量を調整しきれなかった。

「全く覚えてないとは言いません。ケガをさせてしまったのは謝ります。ただ、アルコールも明さんへの連絡はやめません。携帯を返して下さい」

 バッグからハンカチも出し、差し出す。携帯電話との交換を求める。ここには居られない。
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