花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
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 翌朝、食卓にカレーが並ぶ。爽やかな朝と言えない空気が流れる中、私はスプーンを握らされた。

「さぁ、早く召し上がって下さい。食べ終わったら出社の支度をして、車でお送りしますので。あぁ、ついでにお弁当を作りました。お昼にどうぞ」

「……」

 よくもまぁ朝からそんなにテキパキと動けるものだ。私は声にせず顔に書く。早起きしてカレーを作るなんて。花森課長の行動力に引いてしまう。

「何です? 文句があるならどうぞ。どうせ朝からカレーなど食べられないと言いたいんでしょうが」

「普段は朝ご飯を食べません、なんて作って貰っておいて言えません」

 課長は既にスーツを着ており、髪もセットしてある。私へ襲いかかったとは思えぬ態度は冷静さでコーティングされ、隙がない。

「……朝食は一日のエネルギー源です。しっかり食べて、業務にあたって下さい」

「はは、課長、お母さんみたい。お弁当まで持たせてくれて」

「は? 私がお母さんーー確か、あなたは小さい頃に亡くしていましたね」

 母親呼ばわりされて表情を歪みかけるも、私の背景を過ぎらせたのだろう。すかさず言葉を置き換えた。

「母の記憶は無いので悲しいとか寂しい、そういう感情はないんですけど。温かい朝ご飯やお弁当を作って貰うと、もし母が居ればこんな風だったのかなぁって」

「男手ひとつで育てたあなたを社長が大事に想わないはずありません。副社長だって、たった一人の妹をーー」

「やめてください、人の家の事情へ首を突っ込むの。父も兄は私をいつだって蚊帳の外にする。重要な事柄は彼等で決めてしまう」

 会話を打ち切るよう、カレーを一口。

「……美味しいです」

「良かった、お口に合って何よりです。ちなみにマスターのカレーより美味しいですか?」

 人には食事をとるよう指導するのに、課長はコーヒーのみ。私が二口、三口と口に運ぶ様子を眺める。
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