花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 来春、兄が社長に就任する。それに伴って抜本的な組織改革が行われ、金庫番として花森課長をヘッドハンティングした聞く。

 私は経営に関してノータッチな為、花森課長の経歴等を知らない。それでも私に対し物怖じしなければ忖度(そんたく)もしない振る舞いから察するに、将来のポジションを約束されているのだろう。

「分かりました、分かりました。申請は取り下げます」

 うるさいので頭を下げておく。

 兄が社長となったあかつきには私を退職させ、お見合い結婚を迫るに違いない。
 現環境は父が機械いじりが好きな私へ与えた居場所であり、会社に利益をもたらす部署と言い難いから。

「研究に没頭するのは結構ですが、不要な残業は禁止です。終電までに帰宅して下さい。仮に終電を逃した場合はタクシーを利用し、ホテルに宿泊しないで下さい」

「……はぁ、だから彼氏に出てけって言われて、行く所がないんだってば」

 続くお説教の気配に嫌気が差す。不機嫌な声音で呟き、ため息を添えた。

 と、花森課長の眉が動く。

(へぇ、珍しい)

 私はその顔に興味を引かれる。課長の唇はコンプライアンス遵守としか囀らないと見限り、退屈していたんだ。
 
 身を乗り出して観察してみる。

「な、なんですか? 人の顔をジロジロ見て」

「彼氏に追い出されたって聞いた時、笑いそうになって、急いで顰めっ面しました? 花森課長でも人の不幸は嬉しいんですか?」

 直属の上司でないにしろ、上役にする言葉遣いじゃない。創業者一族という後ろ盾を使って攻めたくなったのは、はっきり言えば八つ当たりだ。
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