花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
「はぁーー」

 ホッとしたのも束の間、携帯電話が震える。着信相手の名を確認し応答を躊躇ったが、喉元に溜まっていた文句は飲み込めなかった。

「もしもし! パーティーってどういう事よ? 聞いてないんだけど! 店長に根回しして、あんな風にされたら断れないでしょ!」

 通行人が声を荒げる私に注目する。居心地が悪くなり、会社へ繋がる道程を早足で歩き始めた。

「久し振りの兄に随分な口のきき方をする。花森課長の家にやっかいになるそうだな?
少しでもおかしな真似をされたら言いなさい。お兄ちゃんが懲らしめでやるぞ」

「……よく言う。あなたがシナリオを全部書いてるくせして」

 飄々と語る兄に唇を噛む。兄は技術者ではなく経営面で頭角を現す。計算高く、合理的な思考は宮田工業をさらなる高みへ導くであろうと期待されている。

「ふむ、花森課長は気に入らなかったかい? 財務経理を任せる男だ、香のサポートをしっかりやれるはずなんだが。しかもイケメンだろ?」

「イケメンかどうかは置いといて、あの人、ブティックで私の給料三ヶ月分は買い物してた。財布の紐がゆるすぎるよ。金庫番をさせて大丈夫なの? 心配になる」

「おぉ! 香も会社について考えてくれるようになったか! お兄ちゃん、嬉しい。父さんが退いた後は兄妹で協力して盛り立てていこうじゃないか。よし、さしあたって今週末のパーティーをーー」

「行かないから」

 ぴしゃりと戯言を打ち切る。
 すると兄の声音が変わった。

「いつまでも子供っぽい我儘は通用しない。薄々感じているだろうが、お前が在籍する部署は近々解体される。その意味が分からない程、俺の妹は頭が悪くないはずだ」

 立ち止まり、青空を仰ぐ。真昼の月が浮かぶ青いキャンパスに私の未来は描けない。
 
「技術者の父さんは自分に似たお前を甘やかしてばかりで、組織人としての教育をしなかった。見境なく資金投入し、研究さえ出来ればいいという時代は終わったんだ、諦めなさい」
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