花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 お小言が続く気配に頬杖し、はたと気付く。肌の調子がいい。悔しいけれど、これは規則正しい生活をしているお陰だろう。

「ところでパーティーの場であなたに不躾な真似、例えば口説いてくる男性がいたらすぐ私に教えて下さい」

「はぁ? 父の勇退式を兼ねているのでしょう? そんな人、居ないですよ」

「いいえ、あなたは事実はどうあれ深窓の令嬢。公の場に滅多に現れないレアモンスターとも言えますが、狙っている人は多いはず」

「レアモンスター……なるほど、話が読めてきました。課長は私のお目付け役として、今日は出席するんですね」

 コーヒーを一口。これまた悔しいが、美味しい。会社で飲むコーヒーが物足りなくなる程に。

「香さんの婚約者としてお披露目下さるのならば、今すぐタキシードへ着替えますが?」

「やめてください。第一、私は結婚する気が更々なくて。今は仕事が、その、充実していて、楽しいというか」

 そう告げた時だった。課長の口角が一瞬引き上がり、笑ったように映る。しかし、すぐさまマグカップで隠してしまう。

「どうせ、部署解体の直前で何を言ってるんだと思われたんですよね?」

「そんな風には思いませんが、働き者の妻を迎えたら気苦労が絶えなそうで。ですが、それも楽しいかもしれません」

「脳内で勝手に結婚しないで下さい。課長って、むっつりです?」

 ポーカーフェイスで考えを読ませない課長。最初の日以来、手を出してくる事は無かった。たぶん、大事にされていると思う。

「むっつり……」

 繰り返す課長。

「課長が選んだ私服、同僚に男好きしそうだと言われましたよ。あ、このドレスも?」

 茶化してやろうと前のめりになると、ふわりと甘い香が鼻先を擽った。
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