花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 あ、キスをされる。気配に身構えるより早く、後頭部に手が回る。課長はしっかり固定して唇を割にかかった。

「ちょ、か、課長! んんーっ」

「ーーいけませんね、お行儀が悪い。ほら目を瞑って」

 膝が笑い、テーブルの上を引っ掻くものの滑っていく。酸素を求めて開けた隙間へ容赦なく舌を入れられた。

 課長こそ行儀が悪いじゃないか。腹のうちを明かさないくせ、こんなにも雄弁な口付けをする。

「っ、んっ」

 頭を優しく撫で、指先で髪を透かれたら悩ましい息が抜けてしまう。抗わなきゃいけないが、気持ちいいと感じて離れられない。
 私は大人しく目を瞑った。

「いい子、素直な子猫は大好きです」

 視界を閉ざした状態で言われると照れるより先にゾクゾクする。この人はどんな顔して言ってるんだろう、見てみたい。きっと笑っているに違いない。

「素直じゃない猫は嫌いですか?」

 悪戯な質問をしてみる。

「御主人様につれなくする猫もそれはそれで可愛いですね、私は猫が大好きなので。気まぐれでいいんです、御主人様につれなくても構いませんーーですが」

 ありのままの気質を受け入れると言い、その後で低い声を出す。むず痒くなる口説きからの転調に目を開けた。

「私以外に愛想を振り撒いたり、懐いたら許せなくなりそうで。私、独占欲が強いんです」

 だいぶ薄くなったキスマークを透視するみたいな鋭い眼差しを向ける。

「わ、私はこう見えても義理堅いというか。一食一宿の恩は忘れないし、誰彼かまわず、ついていったりしませんよ! そもそも人見知りです」

 あまりの迫力で良くわからない弁明をしてしまった。すると真顔で課長が返す。

「今は猫の話をしているんですが? 香さんは猫なんですか?」

「なっ、ズルい!」

「そうですねぇ、あなたが私の可愛い猫になって下さるのでしたら、その旨を書面に残しておかねば」
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