花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 花森課長を初めて見た時、モデルかと思った。長身の男性は周りに居たものの、課長は均衡のとれた身体つきに存在感があった。カリスマ性と表現すると安っぽいけれど、人を惹きつける華がある。

 あげく独身となれば女子社員等が黙っておらず、親睦会という名の合コンが度々開かれているらしい。

「不幸が嬉しいのではなく、財産目当ての男と別れたなら良かったなぁと胸を撫で下ろしたまで。あなたの奔放さに社長や副社長が手を焼いているのは承知してます。同棲を解消されて帰る部屋がないのでしたら、私が手配しましょう」

「経理課長って社長の娘の世話までするんです?」

「それが会社の利となるなら致しますよ。宮田工業をより飛躍させる為、私はやって来ましたので」

「あぁ、そうですか」

 やはり花森課長はつまらない。机上の書類をさらい、椅子を蹴る。
 かれこれ30分以上やりとりしているが、私が居なくても部署は滞り無く稼働し、課長の方は携帯電話をずっと震わせていた。

「宮田香さんーー紛らわしいので、ふたりの時は香さんとお呼びしても?」

「そんな機会はないです。無駄な経費申請はもうしません」

 私とて、ピザやホテル代を本気で経費で落としたかったんじゃない。父や兄に信頼を寄せられる花森課長に嫉妬して、足を引っ張る真似をしたまで。だが、それもこれまで。

「すいませんでした」

 目を合わさず会釈にとどめ、事務所を出ようとしたらーー肩を叩かれた。

「え?」

 背後に立たれていたのに気付かず、驚く。

「就業規則に準じ、転居届を提出して頂きたい。定時後、こちらへもう一度いらして下さいね?」

 聞いたことのない低い声で名を呼ばれ、仰け反る。そのまま後頭部をドアへぶつけそうになったが、間に課長の手が滑り込む。
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