花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
 愛の告白とは神聖であると信じてきた常識が音を立てて崩れていく。何故なら課長は私を好きだと打ち明けた事でタガが外れたのか、明らかに獲物を狙うハンターの雰囲気を醸し出したのだ。

「正直に好きだと言っているのに怯えないで下さいよ、傷付きます。」

「正直って……随分と邪悪な顔してますけど」

 邪悪と表現したけれど、異性である一面を覗かせているという意味で。上司で同居人でもない男性としての顔を前にすると戸惑う。意識せざる得ない。

 キスを仕掛けるくらいなので嫌われてはないと思うが、それでも対処に困る。

「あなたな本当に失礼だ。だが、それすら可愛いと思えてしまう。恋というものは偉大ですね」

 顎に手を添え、ククッと喉を鳴らす。

「課長、私に恋をしていたんですか?」

「はい。でなければ結婚を迫らない、こうして部屋に上げたりしません。好きでなければ食事を作り、髪を乾かしてあげたり、ふかふかの寝床だって提供しないでしょうに」

 課長はそれらを当たり前のようにしてくれたから、私も最初のうちこそ拒んだが受け入れてしまう。

「いや、まぁ、そうなんですが。私が社長の娘だからかなって」

「私の場合、好きな女性が社長令嬢であっただけで、社長令嬢のあなたを好きになったのではありません」

 そんな風に言われるのは初めてだ。私を個人として扱ってくれる。

「私が勝手にやった事なのでお礼や申し訳無さは不要です。どうか、お気になさらず」

「そう言われましても……なんというか」

「でしたら、私の気持ちに応えてみては? 今よりもっと心地よくなれますよ。私、何がとは言いませんが、とても巧みなんです」

「はは、ボディートークといい、課長ってオジサンっぽい言い回ししますよね」

 額面通りならば口説かれている。しかし、私的には脅されている感覚だ。
 課長は私を絶対逃さない迫力を帯び、ゆっくり丁寧、かつ甘く追い立てた。

「とにかく、この話はまた後で」

 結論を先延ばしにする。やはり判断材料が足らない。

「まずパーティーをやっつけて、それから考えます」

「えぇ、いいでしょう」

 課長は余裕なスタンス。私を今すぐにでも絡め取りそうだった色気を収めた。
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