花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
「あははは! 面白い、実に面白い!」

 豪快な父の笑い声が室内に響き、この瞬間、私は花森課長が気に入られたのだと察する。
 父は自分の懐に入れる人間を絞る分、馬が合うと分かれば打ち解けるスピードは早い。

「よし! 香のアルバムを見せてやろう。今も当然可愛いが、幼い時の香も可愛いぞ。特に学習発表会の写真がお勧めだ」

「父さん! 何を力説してるの、恥ずかしいからよしてよ。課長、まともに受け取らないで下さいね?」

「いいえ、是が非でも拝見したいです。学習発表会というと?」

「ピアノだよ。香はフィガロの結婚を弾いたんだ」

 兄までこの不毛なやりとりに便乗し、収集がつかなくなりそう。これなら写真撮影をした方がいい。

「もういいから! 撮るの? 撮らないの?」

 痺れを切らす声にすぐさまポージングをする三人。そしてシャッターが勢いよく切られる。

「ーーフィガロの結婚、モーツァルトですね」

 前を向いた状態で課長は呟く。

「そうだったかしら? ピアノなんて随分弾いてないし忘れました」

「そうだったかしら? ではなく、恋とはどんなものかしらですよ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃなくて」

「Voi che sapeteche cosa è amor,donne, vedetes’io l’ho nel cor.」

「……」

「今度、私の為に弾いて下さい。私は歌を練習しておきますので」

 課長は誰よりも楽しそうな笑顔を浮かべていた。
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