花森課長、もっと分かりやすく恋してくれませんか?
「……へ?」

 兄の堂々とした演説に間抜けな反応をしてしまう。突如、スポットライトを当てられた気分で困惑、多くを考えないまま課長に壇上へ導かれた。
 大広間を一望出来る世界観がさらなる圧を掛け、借りてきた猫状態で兄と課長に挟まれる。

「ご覧の通り、妹はあがり症でして、こういった場に出ませんでした。ですが宮田工業をもっと高めていくには妹の力が必要不可欠。父譲りの技能を持つ彼女に開発部門のリーダーを任せます。それから花森も新生宮田工業の軸として働いて貰おうと考えています」

 わぁ、歓声が上がった。兄は世代交代をエンターテイメント化し、新しい風を吹かす社長像を全面に押し出す。

 父が退く事で経営を不安視する株主も多かろう。そんな彼等へチャレンジ精神を見せつけ、ウィンク。私と花森課長抜擢は船出の象徴へ仕立てられた。

「……開発部門のリーダー、課長は知ってたんですね?」

 写真撮影をした時と同じ、正面を見たままコソコソ話をする。

「誰もリストラされないのなら喜ばしいじゃないですか。いわゆるサプライズです。あまり驚かれないのですね」

「十分驚いてます。腰を抜かしそうなくらい」

 この緊張はあがり症で片付けられない。今にもへたり込み、泣き言を溢したくなる。

 課長の言う通り、仲間が欠けずに仕事が出来るに越したことはなく、兄ががずっとこの環境下へ置かれたうえ、プレッシャーに晒されていたんだ。そう体感したら怒るに怒れなくなってしまう。

 やはり私は子供だった。父や兄に反発するも道を踏み外すまでには至らなくて。最終的に二人が用意した道を歩く。

(それでも!)

 俯いたりしない、顔を上げよう。
 たとえ道が用意されたものでも、大切なのは歩み方だから。今日までかなり遠回りしたけれど今の私はその事に気付ける。
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