【マンガシナリオ】前略、恋文お返しするので婚約破棄してください。
第五話
○夢の中
父「…こ、ゆい子」
幼いゆい子、父の声に振り返る。
父「ゆい子、もしもこれから大変なことが起きても父さんも母さんもゆい子のことが大好きだよ」
ゆい子「とうさま?」
父「忘れないでくれ。父さんたちはいつでもゆい子の幸せを願っているから――」
○現実に戻る・ゆい子の部屋(朝)
涙を浮かべながらハッと目覚めるゆい子。
ゆい子「夢……?」
起き上がり、涙を拭うゆい子。
ゆい子「(懐かしい夢を見たな…)」
○食卓(朝)
ゆい子「おはようございます…」※欠伸をしながら
ウメ「おはようございます。お嬢様、寝不足ですか?」
ゆい子「うーん、ちょっと懐かしい夢を見て…」
ウメ「あらそうなんですか?」
ゆい子「うん…」
にゅっとゆい子の腰に手が回る。
椿「おはようございます、ゆい子さん」
ゆい子の頬に口付ける椿。
ゆい子「っ!?」
ウメ「あらまあ♡」
ゆい子「つ、椿様っ!?」
椿「今日も可愛いですね」
ゆい子「何言ってるんですか!?」
ウメ「まあまあお嬢様ったら♡すっかり仲睦まじくなられて♡」
ゆい子「ち、違う!そんなんじゃない!!」
椿「違うんですか?」
ゆい子「…わ、わからないっ!!」
その場からダッシュで逃げ出すゆい子。
ウメ「お嬢様!?朝餉ですよ!!」
椿「ふふ、可愛いなぁ」
楽しそうかつ愛おしそうに走り去るゆい子を見つめる椿のアップ。
○庭・木の上(朝)
ゆい子「どうしていいかわからない…!!」
木の上に登って頭を抱えているゆい子。
ゆい子「(何なの!?あれだけほったらかしにされてたと思ったのにグイグイすぎない!?椿様がわからない!!)」
○前話回想・告白シーン
椿「好きだからです」
○回想終了・木の上
ゆい子「……っ!!」
思い出して真っ赤になるゆい子のアップ。
ゆい子「(恋文は何通もあったけど、どうせ何かの小説の引用なんでしょって本気にしてなかった)」
恋文を読んで胡散臭そうな顔をするゆい子のディフォルメ。
ゆい子「(でも、本当に私のことを……?)」
ゆい子「だったらもっと早く会いに来てくれたってよかったのにっ」
むうっとハムスターのように頬を膨らませるゆい子のディフォルメ。
ゆい子「……そういえば私、椿様に返事を書いたことないや」
ゆい子「(義務的に送られてくる文になんて返事をすれば良いかわからなくて、一度も書いたことがなかった。なのに椿様は欠かさず送ってくれて…)」
○ゆい子の部屋(昼)
机の前に座るゆい子。机の上には便箋、手には筆を持つ。
ゆい子「……。いや文の書き方なんて知らない!!」
ゆい子「(第一何を書けばいいの!?お機嫌麗しゅうとか!?いやいや口で言えって感じじゃない)」
ダラダラと冷や汗をかいているゆい子。
机に向かって顔を突っ伏す。
ゆい子「(今更だけど、拗ねてばっかりで何もしてなかったんだな私…。それでも椿様は毎月文を書いては直接届けてくれていたんだ)」
郵便屋姿の椿のカット。
ゆい子「これは別にその!深い意味はないから!これまでのお礼とかって意味だから!」※謎の言い訳
ゆい子「(そうだよ、普通にお礼を書けば良いんじゃない。身寄りがない私がここまで生活してこれたのは椿様のおかげなんだし)」
部屋の隅にある箱を開けるゆい子。中には沢山の文が入っている。
ゆい子「(実はあの時突き返した文はほんの一部で、まだまだいっぱいあるんだよね。一年で十二通、ずっと送り続けてくれてたんだもんな)」
一枚を取り出して広げて読むゆい子。
ゆい子「…改めて読むと恥ずかしい…(歯が浮くような甘い言葉、だけど嬉しい……)」
文を箱の中にしまおうとして、箱を倒し床に文をぶちまけてしまうゆい子。
ゆい子「しまった」
拾い集めようとして、一通だけ封筒の色が違うものを見つける。
ゆい子「あれ?なんかこれだけすごく色褪せてるな…」
封筒の裏をひっくり返すゆい子。
裏に書かれていたのは父の字で「柊幹生」(父の名前)。
ゆい子「えっ、父様…!?」
○警視庁特高部(昼)
制服を着た椿のアップ。
椿に向かって部下の警官Aが敬礼する。
警官A「満咲警部、お疲れ様でありますっ!」
椿「お疲れ様」
警官A「こちら、例の報告書であります」
椿「ありがとう」
ニコッと微笑む椿。
警官A「はっ!恐縮です!」
やや頬を赤らめ敬礼する警官。
立ち去る椿。
椿を見送る警官Aに別の同僚警官Bが腕を組んで話しかける。
警官B「色男だよなぁ、満咲警部」
警官A「おまっ、警部をそんな目で見るな!」
警官B「お前だって見ていたくせに」
警官A「…っ」
警官B「まあ無理もない。公爵家の子息であの美貌…男だらけの環境においては正に華だ。
つーか華族が何故高等警察に入ったんだろうな…」
○執務室
報告書を読む椿。
椿「なるほど…」
椿モノローグ「ゆい子の父・柊子爵にはとある呼び名があった。
“猛毒の魔術師”」
怪しげで毒々しい雰囲気のゆい子の父のカット。
椿モノローグ「柊家は代々漢方薬に精通し、独自の研究を進めて新しい漢方薬を作っていた。
柊子爵は出世よりも片田舎の辺境地で薬作りに没頭していた程。だが――」
謎の男(シルエットのみ)がゆい子の父に話しかけるカット。
握手を交わすカット。
椿モノローグ「とある男が柊子爵に依頼したらしい。研究費を支払うからある薬を作って欲しいと。
だが、実際に作らされたのは毒薬だった。人を殺めるための――」
騙されていたことを知り絶望する柊子爵のカット。
椿モノローグ「薬の開発を辞めたいと申し出たら、家族の命はないと脅され、子爵が頼ったのは僕の父・満咲公爵だった。
子爵夫人と父は従兄妹の関係にあり、頼み込まれて父は子爵夫妻を助けることを承諾した。
生まれたばかりの娘と息子の僕を婚約させ、公爵家の未来の妻として何があっても彼女の命は守ることを約束したんだ」
まだ赤ん坊のゆい子と六歳の椿のカット。
苦々しい表情の椿のアップ。
椿「(まあその裏には柊子爵の経営する製薬会社を買収する目論見があったわけだけど。
あの父が縁者とはいえ、損得なしに人助けはしないからな…)」
椿モノローグ「だが、今から六年前に事件は起きた」
柊夫妻を乗せた馬車を引く馬が突然暴れ出すシーン。
馬車を置いて逃げ出す馬。そのまま馬車は橋の上から落下する。
椿モノローグ「柊夫妻を乗せた馬車を引く馬が突然暴れ出し、逃げ出してしまった。そのまま馬車は橋の上から落下し、乗っていた夫妻は帰らぬ人に」
思案しながら調査書を読む椿の横顔アップ。
椿「(この事件は事故として処理されたが、馬が突然暴れ出したのが不自然すぎる。そう思って改めて調べたが、やはり馬には注射痕があったと。何らかの薬を注射されて暴れ出したのかもしれないな…)」
コンコンとノックする音。
椿「はい」
警官A「失礼します。満咲警部、少々よろしいでしょうか!」
椿「今行く」
調査書を机の引き出しにしまい、執務室を出る椿。
椿「(柊夫妻は何者かに殺害された可能性が高い。恐らく毒薬を作らせた者に――。
警視庁特高部に入ったのも事件の真相を突き止めるためだ。
ゆい子さんのことは何があっても僕が守る――!!)」
ゆい子を守ると誓う椿の真剣な表情のアップ。
○満咲邸・玄関(夜)
椿「ただいま」
榎本「お帰りなさい」
キョロキョロと見回す椿。
榎本「お嬢様ならいないっすよ」
椿「ゆい子さんが出迎えてくれる幸運なことなんてないか…」※がっかり
榎本「まあまあ。でもこれ預かってますよ」
一通の文を差し出す榎本。きょとんとしながら受け取る椿。
椿「これは…?」
文を読む椿。その場にへなへなと座り込む椿。
文を握りしめて赤面する椿のアップ。
椿「ずるすぎない……?」
文の内容のアップ。
幼い字で「お仕事お疲れ様です」と書かれている。
椿「あーーもう…絶対結婚する……」
榎本「婚約してるんすけどね」
○ゆい子の部屋(夜)
布団の中でゴロゴロしているゆい子。
枕元に父の文を置いている。
ゆい子「(結局あんな内容になっちゃったけど、よかったのかな…??
それにしても、父様が母様に送った恋文が紛れていたなんて…私もいつかは椿様にちゃんと――)」
○玄関
椿「額に入れて飾ってくれ、榎本」※キラキラ
榎本「(こういうところがダメなんじゃないか、この人…)」