【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「馬鹿らしいですね。あなたが何者だろうと私には関係ありません。そもそも私は頼んでもいないんですから信じません」
「ハハハッ、それも自由。好きにするといい。悪い結果がでると信じないと言い出す客はどこにでもいるんだ。しかしオレも占い師、悪い結果を少しでも軌道修正させる責任がある。――――()(びと)来たる、だ」

 花緑青はおみくじを読み上げて私を見ました。
 私を見つめたまま楽しそうに続けます。

「あんたは夫に裏切られるが心配しなくていい。ちゃんと待ち人は来るようだ。もしかしたら、もう出会ったかもしれない」
「裏切られるなんて、まだ決まったわけではありません。出会いというのも結構です」
「つれない御前(ごぜん)様だ。やんごとない身分の男なら正妻以外にも女がいるもんだ。分かってるだろ、それくらい」
「っ……」

 突きつけられたのは一般的な事実でした。
 花緑青の言う通りなのです。殿方は一人の女性と婚姻を結んだとしても、他にも多くの女性を(めと)ることは珍しくありません。いいえ、むしろそれが当たり前ですらあるのです。
 頭では分かっていても、それでも心の奥底で望んでしまう。それでも私だけを愛してほしいと。

「それでも……っ」
「それでも?」
「っ、…………。……これ以上無駄話はしたくありません。失礼します」

 私は足早に歩きだしました。
 まるで逃げるようになってしまったけれど、これ以上は耐えられませんでした。
 だって、『それでも』の先は禁句。決して望んではいけない願いなのです。
 背後から花緑青が「おーい」と声をかけてきますが無視して歩きます。決して立ち止まったりしません。
 早く帰って紫紺と青藍の顔が見たいです。
 日が暮れる頃に帰ってきた黒緋を出迎えて、みんなで夕餉を囲みましょう。
 今夜は紫紺の好きな料理を作るので、きっと紫紺はたくさん喜んでくれますね。紫紺の喜ぶ姿に黒緋は目を細めて、青藍もはしゃぎだして、きっと楽しい時間になるでしょう。
 私はおみくじの結果など振り払うように楽しいことだけを考えました。



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