【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
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 花緑青(はなろくしょう)は「あらら、逃げられちゃった」と鶯を見送った。
 花緑青はクスクス喉奥で笑いだす。
 まるで逃げるように立ち去った姿に笑いがこみあげてきた。
 そんな花緑青に女が声をかけてくる。上等な衣装を着た美しい女だ。市女笠(いちめがさ)の布ごしにもその美貌が分かる。

「花緑青様、今夜はどこで休まれますか? もし決まっていないなら、ぜひに」

 女は下級貴族の女だが、上級貴族の二番目の妻だった。もう少し高い身分に生まれていれば正妻の座についただろうが、悲しいかなそれは夢物語。
 この二番目の妻はずっと夫の通いを待っているが、夫は気まぐれに通うばかり。そればかりか夫が最近新しい妻を(めと)ったことでさらに足が遠のいたのだという。
 花緑青は女を優しい眼差しで見つめた。か弱い花を愛でるような瞳で。

「いいね、魅力的な誘いだ。美しいものを愛でながら飲めばどんな酒も美酒になる」
「まあ、花緑青様ったら」

 女が頬を赤らめた。
 この女のおみくじは『凶』。
 三番目の妻は若く可愛らしい女で、上級貴族の夫は夢中になっている。もうこの妻のもとには通わなくなるだろう。一年以内に離縁されるのだ。
 哀れな女だ。
 夫に着飾らされた上等な衣装をまとい、別の男に夜を(なぐさ)めてもらおうとする。挙げ句その慰めが不貞とされ、離縁理由になるのだから可哀想で仕方がない。あまりに哀れで愛おしいとすら思うくらいに。
 この都にはそんな女が数えきれないほどいて、花緑青は愉快(ゆかい)で仕方ない。

「だが、悪いな。今夜はもう決まっててね」
「あら残念。誰のところへ行くのかしら。あなたまで」
「怒るなよ。この世で最も尊い御方(おかた)がオレを待ってるんだ」

 花緑青はそこで言葉を切ると、鶯が立ち去った方を見てニヤリと笑う。そして。

「なあ天妃様。いいや――――義姉(ねえ)さん」

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