【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~

 その夜。
 私は紫紺と青藍を寝かしつけると寝間に入りました。
 寝間の燭台(しょくだい)にはまだ明かりが灯っています。
 黒緋が巻物を読んでいました。

「まだお休みになっていなかったんですね」
「ああ、せっかく地上に来たんだ。地上の巻物を読んでおきたくてな」

 そう言うと黒緋が「側へ」と私を読んでくれます。
 隣に正座すると私にも巻物を見せてくれました。

「見ろ。これはまだ都が京に移る前の時代のものだ。もう写ししか残っていないと思っていたが原文を見つけてな。少し読みにくい部分もあるが充分読める」
「本当ですね。よくこんな貴重なものが」
「たまに御所へ行くのも悪くないな。あそこの宝物庫はおもしろい」
「覗いてきたんですね。見つかったら大変なのに」
「見つかると思うか?」
「ふふふ、無用な心配でした」

 私はクスクス笑いました。
 普段の黒緋は天上で暮らしていますが、地上へ降りた時は陰陽師という身分になってなんの違和感もなく人々に混じっていました。もちろんそれは黒緋が発動させた(まじな)いです。地上に降りた時のみ都中の人間が黒緋を陰陽師として認知するのです。この広範囲におよぶ(まじな)いは強い神気を必要とする高度なものですが、天帝の黒緋にとっては造作もないこと。そんな黒緋にとって宝物庫に侵入するなどわけもないことです。

「今夜はここまでにしよう」

 そう言って黒緋が巻物を置きました。
 そのまま黒緋の手が私の手に伸ばされます。正座した太ももの上にあった私の手に黒緋の大きな手が重なって、触れられた場所からじわじわと体が熱くなるようでした。
 ちらりと黒緋を見つめると呼吸を感じるほどの近い距離。
 黒緋がゆっくりと顔を寄せてきて、唇にそっと口付けられました。

「これを読むためだけに起きていたわけじゃない。お前を待っていた」

 甘く囁くように言われて、また唇が重ねられます。
 触れる時は有無を言わせぬようなのに、離れる時は名残り惜しげにゆっくりなそれ。
 見つめあったまま啄むように何度も口付けられて、私の体の緊張がほろりとほどけていくよう。
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