【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「黒緋様、誰か来ています!」
「こんな嵐の夜に奇妙だな。盗賊か?」
「と、盗賊……っ」

 緊張に強張りました。
 夜間に盗賊が押し入ることは十分考えられることでした。ましてや嵐の夜は物音がかき消されるので盗賊にとって好都合なのです。
 でももし本当に困っている人だったら?
 (きょう)(みやこ)には貧しい民がたくさんいるのです。雨風をしのげずに困っているかもしれません。

「見に行きましょう。どこにも休める場所がなくて困っている方かもしれません。雨で体を冷やせば風邪をひいてしまいます」

 私はそう言うと上掛けの唐衣(からぎぬ)を羽織って身支度を調えました。夜着のまま人前にでることはできませんからね。
 でも正門へ行こうとした私を黒緋が呼び止めます。

「待て、お前は行くな。式神に行かせる」
「しかし……」

 困惑しました。
 黒緋の式神は神獣(しんじゅう)、魔獣、鬼、妖怪、動物、昆虫など多岐にわたり、そのどれも優秀なものばかりです。でもだからといって人間と通じ合えるかというと難しいです。人間の男と(ちぎ)りを交わした玉藻御前(たまもごぜん)という例外もいますが、ほとんどの式神が人間の姿形をとることは出来ても深く通じ合うことはできません。
 そのこともあって、来訪者の用件だけを聞いて追い返すなんてこともあり得るわけで……。
 そんな私の心配を黒緋が察してくれます。

「……分かった。では俺も行こう。だからお前はここにいろ。見てくる」
「えっ、あなたが行くんですか? そんなの心配です!」
「お前に心配されるのは気分がいいが、俺だぞ?」

 そう言って黒緋が苦笑しました。
 たしかに盗賊が何人いようと黒緋ならあっという間に制圧できます。でもこういうのってそういう問題ではないのです。

「それはそうですけど、そういうことじゃなくてですね」
「ハハハッ、分かっている。ありがとう。ではお前は紫紺と青藍の側にいてくれ」

 黒緋に優しく言われました。
 見つめられるとくすぐったい気持ちになって頷きました。紫紺はとても強い子なので大丈夫だと分かっていますが、やっぱりそういう問題ではないのです。

「分かりました。ではあなたも気を付けて」

 私は黒緋を見送ると、紫紺と青藍が眠っている寝間に足を向けました。
 寝間の前には式神の士官や女官が夜番をしてくれていました。子ども達の眠りを見守ってくれているのです。
 平伏(ひれふ)して迎えられました。

「ありがとうございます。私のことは気にしないでください」

 そう言うと式神たちはまた夜番へと戻りました。式神は使役主に忠実なのです。
 私は寝間を囲っている御簾(みす)を少しだけめくって二人をたしかめます。
 大の字になって堂々と眠る紫紺。その紫紺の周りをころころ転がりながら眠っている青藍。可愛らしい寝姿ですね、よく眠っています。この眠りはしっかり守らなければ。
 私は寝間の前で正座して盗賊に警戒します。
 盗賊が黒緋を突破できるとは思いませんが万が一に備えていました。

「――――へー、この二人が兄上と義姉上(あねうえ)の子か~」
「なっ!? どうしてここに……!」

 ぎょっとしました。
 だってそこにいたのは花緑青(はなろくしょう)。昼間の無礼なおみくじ屋だったのです。
 花緑青は当たり前の顔をして御簾の隙間から寝間を覗いています。
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