【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
あれから花緑青を客人として迎え入れることになり、私は女官に酒の支度を命じました。
奥の間には黒緋と私と花緑青。突然の兄弟の再会ということで、少し飲もうとなったのです。
私はこっそり花緑青を観察します。
黒緋は花緑青を腹違いの弟だと紹介してくれました。
どうやら花緑青はまだ幼いうちに宮殿を離れたようでした。
それというのも、本来、天帝は天妃以外と決して子どもを作ってはならないからです。天妃以外を寵愛することはありますが、それでも子作りとなると話は別なのです。
なぜなら天帝とは神格の存在、世継ぎもまた神格の存在でなければならないからです。だから天帝の世継ぎは儀式によって生まれるのです。
また、そうすることで世継ぎ争いを回避することもできました。
ですが黒緋の父親である先代天帝は天妃との間に黒緋を作りながらも、人間の女性とも子どもを作りました。その子どもが花緑青。しかし妻室ですらない人間の女性から生まれた花緑青は忌子として不遇の扱いを受けたようです。
しかも人間の女性は産後の肥立ちが悪くて早くに亡くなり、花緑青は天上で暮らすことになりました。その時に黒緋と初めて出会い、黒緋は腹違いの弟をとても可愛がったようです。
花緑青は十歳の誕生日を迎えると自分から人間界で修行がしたいと申し出、そのまま人間界に行って音信不通になったそうでした。
初耳です。腹違いの弟がいたなんて初めて聞きました。地上に落ちる前の記憶にないのも当然です。すべては私が天妃になる前のことなのですから。
でも今、目の前で黒緋と花緑青が親しげに晩酌を楽しんでいます。
二人は懐かしげに言葉を交わし、酒を煽り、それは離れていた時間を埋めようとしているよう。
でも私は顔面に笑顔を貼りつけてニコニコしていました。
昼間の無礼を思うと笑顔なんて向けたくないですが、相手は黒緋の弟なのです。黒緋の前で不機嫌になるわけにはいきませんからね。仕方ないので今は我慢です。
そんな私の気遣いを知ってか知らずか花緑青が話しかけてきます。
「義姉上、こんな夜更けに申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたのでは?」
「とんでもありません。黒緋様の弟を迷惑だなんて思いませんよ」
迷惑です。迷惑以外のなにものでもありません。
「それはありがたい。さすが天妃になる御方は心が広い。このようにお優しい方を義姉上と呼べるなんてオレは幸せ者です」
「ふふふ、嬉しいことを。お気遣いは無用ですからね」
少しは気を使いなさい。
寝間の紫紺と青藍が眠ったままなのでまだ許していますが、もし二人の可愛い眠りが妨げられていたら許していませんでしたね。
「しかしこうして兄上と酒を酌み交わす日が来て万感の思いです。これも優しい義姉上のおかげですね」
「そうですか。それは良かったですね」
私はニコリと微笑みました。
完璧に本音と建て前を使い分けてあげます。それが天妃というもの。黒緋の前なので粗相はできません。
それにしても花緑青、あなた昼間より猫を被っていますね。
私は二人の昔話を聞きながらさりげなく花緑青を見ます。
花緑青は黒緋の前では聞き分けがよくて、まるでお利口な弟を演じているようです。
だって昼間に会った時よりも間違いなくお行儀が良くなっています。しかも言葉遣いも丁寧になっています。
いったいなにを考えているのか……。
私は不審に思うけれど、黒緋は上機嫌に花緑青に話しかけます。