【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「黙って立っていれば黒緋様に似ているところもあるのに……」

 その背丈、鍛えられた体躯、ふとした時の表情、よく見ているとどことなく黒緋と似ています。
 でも纏っている雰囲気は似ていませんね。黒緋は大人の魅力を纏いながらも、太陽のような力強さと空のような寛大さを感じさせる御方です。
 兄弟を陰陽(いんよう)で例えるなら、黒緋を陽、花緑青は陰とでもいうのでしょうか。
 なぜでしょうね。花緑青は飄々として風のように自由闊達(じゆうかったつ)に見えるのに、どことなく陰の側面を感じるのです……。陰陽の陰も決して悪いものではないのですが、もしそれに理由があるとするなら。

『その母が人間の女でも?』

 ……これでしょうか。
 母親が人間の女。それが花緑青が天上界で不遇の扱いを受けた理由でしょう。
 父親が天帝だったとしても、母親の身分が低ければ不遇の立場になります。ましてや母親が人間なら尚更で、ずっとご落胤(らくいん)として隠されて育ったようです。花緑青は母親が死没するまで天上に上がれなかったと聞きました。
 同じ兄弟でも次代の天帝として誕生した黒緋とは正反対の境遇です。
 花緑青の境遇は切なく物悲しいものです。理不尽な境遇を思うと胸が締め付けられる。
 こういう花緑青のような境遇の子どもが天上にも地上にもたくさんいるのです。

「あああっ、せいらんがおもらしした! ははうえ、せいらんが~!」

 ふと紫紺が大きな声をあげました。
 ハッとして振り向くとそこにはおもらしをして涙ぐんでいる青藍が。
 青藍は紫紺に抱っこされながら「うっ、うっ」と唇を噛んで嗚咽をがまんしてます。小さな両手で顔を覆っているので隠れているつもりなのでしょう。
 その姿は可愛いけれど、このままではいけませんね。

「青藍、お着替えです。お着替えしましょう」
「ははうえ、オレもぬれた」
「では紫紺もお着替えしましょうね」
「……あうあ〜、あー、ばぶぶっ」

 涙目でなにやらおしゃべりする青藍。
 おもらしして落ち込んでいるようですね。

「大丈夫ですよ。赤ちゃんなんですからお漏らしくらいするものです。元気だしてください」
「せいらん、げんきだせ。おきがえしよ?」
「あい、あい」

 青藍は慰めにあいあいと頷きました。
 涙はぐっと我慢できたようですね。えらいですよ。
 こうして私は紫紺から青藍を受け取ると、二人を連れて屋敷に入るのでした。



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