【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「結界か。俺たちに仕掛けるとは、どうやら相手は知性も理性もないらしい」

 ここには天帝もいるってのにと離寛が呆れた口調で言った。
 天帝とは人間、鬼、妖怪、神属、あやかし、幻獣、神獣、すべての生命の頂点に立つ存在である。本来なら鬼の襲撃はあり得ない。
 だが今、禍々(まがまが)しい邪気が周囲に立ち込めていく。
 ……ゴゴゴゴゴゴゴッ! 地面の下から低い地鳴りがする。
 地鳴りは徐々に大きくなって地面が震動した次の瞬間。
 ボコッ! ボゴボゴボゴボゴ!!!!
 地中から勢いよく木々の根が突きあがった。
 鋭い木の根は二人を串刺しにする勢いで次々に突きあがるが、寸前で二人はひらりと避ける。
 離寛はひらりひらりと身軽に避けながら指を立てて短い祝詞(のりと)を唱えた。

「隠れてないで出てこいよ」
「オオオオオオオオオッ!!」

 地面の下から巨大な鬼が引きずりだされた。
 その姿かたちは醜悪で、まるで巨大なイナゴのようだ。

「なんだこの気味が悪いのは。見たことないな。知ってるか?」

 離寛が顔をしかめて黒緋を見た。
 黒緋は「これは……」と険しい顔で考え込む。
 そうしている間にも鬼は離寛に襲いかかった。
 離寛は懐の刀を抜くと、攻撃を避けたと同時に鬼の首を一閃する。
 ゴトンッ。落ちた鬼の首がごろりっと転がった。
 鬼の討伐完了である。
 天上の武将である離寛にとって鬼などたいした敵ではないのだ。
 そう、二人にとって鬼討伐など問題ではない。問題は……。
 二人はその場から動かず鬼の死体を見ていると、ふと死体の胴体と鬼の首が変化しはじめた。
 死体はみるみるうちに崩れだし、そこにあったのは万を超えるほどのイナゴの死骸。
 そう、鬼はイナゴの死骸の集合体だったのだ。

「イナゴの死骸……。まさか……禁術か?」

 離寛が驚愕した。
 禁術という言葉に黒緋が重く頷く。

「恐らくな。離寛、天上に戻れ。調べてほしいことがある」
「分かった。黒緋はどうするつもりだ」
「決まってるだろ。俺は妻と息子らを連れて畿内巡(きないめぐ)りだ」
「は?」

 離寛は呆気にとられた。
 畿内巡り。しかも妻と子らを連れて。それすなわちただの家族旅行だった。

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