【第二部】天妃物語 ~「私以外にもたくさん妻室がいた天帝にお前だけだと口説かれます。信じていいのでしょうか」~
「ありがとうございます。いただきます」
くいっと飲むと、お腹のなかがじわりっと温かくなりました。
ふうと吐息を漏らすと、旅路の疲れが癒えていくよう。
私はくすりと笑って黒緋を見つめます。
「私、旅はもっと過酷なものだと思っていたのに、こんなに楽しくていいのでしょうか」
「それは良かった。都からだいぶ歩かせてしまったからな、お前が疲れたんじゃないかと心配していた」
「そんなわけないじゃないですか。景色を楽しみながらゆっくり歩けていたので疲れなんかありません」
「そうか、楽しんでいたようで良かった。明日は輿を用意させるか? そのほうが」
「それは必要ありませんっ」
慌てて遮りました。
もちろん黒緋は天帝で私は天妃なので輿を使うこともありますが、人間界の旅の道中で輿に乗るのは帝や上級貴族のみ。私たちはここに陰陽師とその妻と子どもたちとして地上に来ているのですから、輿なんて乗っては目立って仕方ないじゃないですか。
「私が言いたいのはそういうことじゃありませんよ。私の初めての旅は伊勢から京の都までの一人旅です。しかも鬼に追われて逃げるのに必死で、とにかく景色をゆったり眺める間もなかったのですよ。だから、こういうふうにあなたと子どもたちと一緒に旅をしているのが夢みたいで。旅ってこんなに楽しいものなんですね」
私はかつての日々を懐かしみました。
あの時は無我夢中で逃げていて、自分がどんな景色を目にしていたのかなにも覚えていないのです。覚えているのは夜の闇と夜の肌寒さだけ。夜になると心と体が縮こまって、早く朝よこいと願っていました。
こうして一人ですごした夜は寂しいものでしたが、それすらも懐かしく思うのはきっと今が幸せだからです。
思いだすかつての日々を思って目を細めましたが、黒緋は少し険しい顔になっていました。
「黒緋様、どうしました? あなたが輿を所望なら明日は」
「違う、そうじゃない」
「ではどうしてそんなに憤るのです。私、不快なことを言ってしまいましたか?」
そう言って私は口元を袖で隠します。余計なことを言ってしまわないように。
心配になって顔を覗きこむと、気付いた黒緋が「悪い、お前が悪いんじゃないんだ……」と少し困った顔になります。
「……自分の不甲斐なさにだ。やはり、もっと早くお前を見つけたかった」
黒緋はそう言って後悔を滲ませました。
でも私は思わぬ答えに目をぱちくりさせてしまう。
くいっと飲むと、お腹のなかがじわりっと温かくなりました。
ふうと吐息を漏らすと、旅路の疲れが癒えていくよう。
私はくすりと笑って黒緋を見つめます。
「私、旅はもっと過酷なものだと思っていたのに、こんなに楽しくていいのでしょうか」
「それは良かった。都からだいぶ歩かせてしまったからな、お前が疲れたんじゃないかと心配していた」
「そんなわけないじゃないですか。景色を楽しみながらゆっくり歩けていたので疲れなんかありません」
「そうか、楽しんでいたようで良かった。明日は輿を用意させるか? そのほうが」
「それは必要ありませんっ」
慌てて遮りました。
もちろん黒緋は天帝で私は天妃なので輿を使うこともありますが、人間界の旅の道中で輿に乗るのは帝や上級貴族のみ。私たちはここに陰陽師とその妻と子どもたちとして地上に来ているのですから、輿なんて乗っては目立って仕方ないじゃないですか。
「私が言いたいのはそういうことじゃありませんよ。私の初めての旅は伊勢から京の都までの一人旅です。しかも鬼に追われて逃げるのに必死で、とにかく景色をゆったり眺める間もなかったのですよ。だから、こういうふうにあなたと子どもたちと一緒に旅をしているのが夢みたいで。旅ってこんなに楽しいものなんですね」
私はかつての日々を懐かしみました。
あの時は無我夢中で逃げていて、自分がどんな景色を目にしていたのかなにも覚えていないのです。覚えているのは夜の闇と夜の肌寒さだけ。夜になると心と体が縮こまって、早く朝よこいと願っていました。
こうして一人ですごした夜は寂しいものでしたが、それすらも懐かしく思うのはきっと今が幸せだからです。
思いだすかつての日々を思って目を細めましたが、黒緋は少し険しい顔になっていました。
「黒緋様、どうしました? あなたが輿を所望なら明日は」
「違う、そうじゃない」
「ではどうしてそんなに憤るのです。私、不快なことを言ってしまいましたか?」
そう言って私は口元を袖で隠します。余計なことを言ってしまわないように。
心配になって顔を覗きこむと、気付いた黒緋が「悪い、お前が悪いんじゃないんだ……」と少し困った顔になります。
「……自分の不甲斐なさにだ。やはり、もっと早くお前を見つけたかった」
黒緋はそう言って後悔を滲ませました。
でも私は思わぬ答えに目をぱちくりさせてしまう。