死んだ私と屍術師の契約
第一話
<第一話シナリオ>
新宿の雑踏。人の多い交差点の信号を渡りながら、電話をする雅人。
編集者『先生、新作の売れ筋良いですよ。そして次回作の打ち合わせですが……』
雅人「ああ」
生返事の雅人。
編集者『先生、聞いてますか?』
電話の相手には答えず、新宿のネオン街を見上げ、新月の夜で真っ暗な空を睨みつける。
<嫌な夜だな……>
高層ビルだらけの中、雅人の後ろ姿。
■場面転換(新宿の路地裏)
結衣「ふう…もうこんな時間」
腕時計を見ると23時前。歩きながらため息をつく。
<入社して三年、やりがいはある仕事だけど…こうも残業が続くと疲れちゃうな>
細くて暗い路地裏を覗き込む。
<街灯もなくて暗いけど、この道の方が駅まで近いから、通っちゃおう>
早歩きで進んでいると、後ろから足音がする。
謎の男「お姉さん、ちょっといいですか?」
声をかけられたので結衣が振り返る。
結衣「ああ、駅だったらあっちですよ?」
声をかけてきたのは、黒いフードを深くかぶり、口元までしか見えない怪しい男。
謎の男「いえ……貴女、とても綺麗ですね」
ニヤリと笑う男。その言葉に驚き、眉をしかめる結衣。
<やだ、ナンパ? やっぱりこんなところ通らなきゃよかったかな…>
結衣「はは、いやそんなこと……」
愛想笑いをして去ろうとしたが、自分の両手が勝手に動き、首を締めだす。
<自分で自分の首を絞めてる…!? どうして…>
<く、苦しい…声が出ない…! た、助けて…>
謎の男「苦しいよね、辛いよね。でももうすぐ楽になるよ。そしたら僕と…」
男が結衣に手をかざすと、ますます自分をを絞めている指の力が強くなる。
<うう…私…死んじゃうの…? どんどん体が冷たくなっていくのがわかる…>
謎の男「いい子だ」
ゆっくりと力尽き、地面に倒れ込む結衣。
雅人「おい!」
事態に気がついた雅人が、後ろから声をかける。
謎の男「ちっ…一旦引くか」
男は足早に去っていく。
雅人「おい、大丈夫か?」
雅人が結衣に駆け寄るが、仰向けに倒れて、瞳孔は開きぐったりしている。
<ああ、体が動かない。私は死ぬんだ…。仕事も残ってるし、明日も早いのに…>
<ううん、そんなことはいい。もっといっぱい笑って、恋して、楽しく過ごしたかった…>
雅人「脈が止まっている。間に合わなかったか」
<死にたくない…死にたくないよ…>
結衣の頬を一筋の涙が伝う。
雅人「死にたくないのなら」
その涙を指ですくう。
雅人「俺と契約しろ。条件は、俺が死ぬまで側から離れないことだ」
結衣を覗きこむ雅人と、雅人を見上げる結衣の姿。
<――月の光も無い闇に溶けるような、漆黒の髪と瞳をした彼との出会いは、
私が死んだ夜のことだった――>
雅人の瞳と、結衣の瞳のアップ。
「死んだ私と屍術師の契約」 結衣を後ろから守るように抱き寄せる雅人の扉絵
■場面転換(雅人のマンション)
ベッドで寝ていた結衣が目を覚ます。
<―――ここは、どこ?>
寝室を出ると、広いリビング、カウンターキッチンのある綺麗なマンションの一室。
<あれって現実?思い出すだけで恐ろしい……>
路地裏での出来事を思い出して身震いをする結衣。
奥の部屋から雅人が出てくる。
雅人「起きたか」
結衣「あなたは、私を助けてくれた人ですよね?」
雅人「俺の名前は加賀見雅人だ。どうやら動けるようだな」
黒いシャツを着た雅人が自己紹介をする。
結衣「え! 加賀見雅人って、あのミステリー作家の?
本屋にいっぱい並べられてるし、ドラマ化もしてますよね?
うわーすごい! 私は宮野結衣です!」
雅人「…そうだけど。そんなことより、自分の体を心配したらどうだ」
結衣「え?」
雅人「自分の胸に手を当ててみろ」
雅人に言われて、胸に手を置く結衣。
<鼓動が…しない…?>
結衣「そ、そんな…!」
慌てて右手で左手首の脈を触る。
<脈拍がない…そして自分の肌が、氷のように冷たい…!>
結衣「私、死んでるの…?」
雅人「ああ。信じられないかもしれないが、間違いなく君の心臓は止まっている」
結衣「じゃあ、なんで私動けるの?」
雅人「俺は屍術師だ。死霊使いとも呼ばれる種族の末裔。普段はそれを隠して過ごしている」
<ネクロ…? なにそれ…>
聞いたことがない言葉に首を傾げる結衣。
結衣「ゲームとかに出てくる、僧侶みたいなことですか?」
雅人「…少し違うな。どちらかというと黒魔術師みたいなものだ」
腕を組み、淡々と説明する雅人。
雅人「俺は死体を生き返させることはできない。死んだ体に、魂を留めておくことができるだけだ」
雅人「人は肉体が死んで、一定時間が経つと魂も消えることになっている。
その間に契約をすれば、死んだ体に魂を留めることができるんだ」
路地裏での雅人の言葉を思い出す。
『俺と契約しろ』
<あれはそういう意味だったのね>
『俺から離れないことだ』
結衣「じゃあ、側から離れるなっていうのは、どういう意味?」
雅人「肉体は死んでいて、魂をそこに結びつけているだけだから、常に主人である屍術師から霊力をもらっていることになる」
雅人「契約者という意味で『ヴァレット』と呼ばれる者は、主人から霊力の供給を受け続けることで、死んだ体を動かせる。
逆に霊力が届かない距離まで主人から離れてしまうと、動けなくなり魂も消滅する」
雅人「まあ、人と契約するのは初めてだから、どのくらい離れていいのかとかはわからないがな」
結衣「今まで契約したことがなかったのに、どうして私を助けたの?」
少し困ったように目を伏せる雅人。
雅人「…目の前で人が死んでいることが、たまたま今までなかっただけだ。
そして君が、生きることを望んだからな」
確かに、そんなよくある状況では無いかと結衣は納得する。
結衣「私は死んでいて、彼は私の屍術師で。体に魂を留めているから、離れてはいけない…」
<頭が追いつかないな…>
雅人「まあ受け入れられないのも無理はない。それこそミステリー小説でも無いような状況だからな」
<信じられないけど、鼓動が止まっている私が動けているのが一番の証拠よね…>
雅人の横顔を眺めながら、その整った顔立ちに少しドキドキする結衣。
<加賀見雅人…彼が私の恩人で、主人なのね。
なんか不思議…>
リビングのテレビからキャスターの声が聞こえる。
『次のニュースです。新宿近辺で、女性の不審死が多発しています』
結衣「え!?」
二人でテレビの前に駆け寄る。
『皆、自分の首を絞め窒息していることから、事件と事故の両方で捜査をしておりーー』
立ち入り禁止のテープの貼られた新宿の街と、そこを捜査する警察の姿が映し出される。
路地裏で会った、深くフードを被った男の姿を思い出す。
<あの人が犯人だ…!>
雅人「対象者を操ることができるのだから、犯人も屍術師に違いない」
結衣「やっぱりそうですよね!」
ニュース画面を見ながら、眉をしかめる雅人。
雅人「おそらく、『野良』のやつの仕業だ」
結衣「野良…?」
雅人「俺たちは生まれつき、屍術師の血筋を持つ純血の家系なんだが。
まれに、禁書と呼ばれる術のやり方が記載された本を手に入れ、悪用する奴がいる」
深いため息をつく雅人。
雅人「今回も、愉快犯の野良の仕業だろう」
結衣「見つけましょう、もっと被害者が増える前に!」
雅人「そうだな」
<そうして、平凡なOLだったはずの私は、屍術師の彼の契約者となり、
生きていた時には想像もしなかった運命に巻き込まれていくことになる>
新宿の雑踏。人の多い交差点の信号を渡りながら、電話をする雅人。
編集者『先生、新作の売れ筋良いですよ。そして次回作の打ち合わせですが……』
雅人「ああ」
生返事の雅人。
編集者『先生、聞いてますか?』
電話の相手には答えず、新宿のネオン街を見上げ、新月の夜で真っ暗な空を睨みつける。
<嫌な夜だな……>
高層ビルだらけの中、雅人の後ろ姿。
■場面転換(新宿の路地裏)
結衣「ふう…もうこんな時間」
腕時計を見ると23時前。歩きながらため息をつく。
<入社して三年、やりがいはある仕事だけど…こうも残業が続くと疲れちゃうな>
細くて暗い路地裏を覗き込む。
<街灯もなくて暗いけど、この道の方が駅まで近いから、通っちゃおう>
早歩きで進んでいると、後ろから足音がする。
謎の男「お姉さん、ちょっといいですか?」
声をかけられたので結衣が振り返る。
結衣「ああ、駅だったらあっちですよ?」
声をかけてきたのは、黒いフードを深くかぶり、口元までしか見えない怪しい男。
謎の男「いえ……貴女、とても綺麗ですね」
ニヤリと笑う男。その言葉に驚き、眉をしかめる結衣。
<やだ、ナンパ? やっぱりこんなところ通らなきゃよかったかな…>
結衣「はは、いやそんなこと……」
愛想笑いをして去ろうとしたが、自分の両手が勝手に動き、首を締めだす。
<自分で自分の首を絞めてる…!? どうして…>
<く、苦しい…声が出ない…! た、助けて…>
謎の男「苦しいよね、辛いよね。でももうすぐ楽になるよ。そしたら僕と…」
男が結衣に手をかざすと、ますます自分をを絞めている指の力が強くなる。
<うう…私…死んじゃうの…? どんどん体が冷たくなっていくのがわかる…>
謎の男「いい子だ」
ゆっくりと力尽き、地面に倒れ込む結衣。
雅人「おい!」
事態に気がついた雅人が、後ろから声をかける。
謎の男「ちっ…一旦引くか」
男は足早に去っていく。
雅人「おい、大丈夫か?」
雅人が結衣に駆け寄るが、仰向けに倒れて、瞳孔は開きぐったりしている。
<ああ、体が動かない。私は死ぬんだ…。仕事も残ってるし、明日も早いのに…>
<ううん、そんなことはいい。もっといっぱい笑って、恋して、楽しく過ごしたかった…>
雅人「脈が止まっている。間に合わなかったか」
<死にたくない…死にたくないよ…>
結衣の頬を一筋の涙が伝う。
雅人「死にたくないのなら」
その涙を指ですくう。
雅人「俺と契約しろ。条件は、俺が死ぬまで側から離れないことだ」
結衣を覗きこむ雅人と、雅人を見上げる結衣の姿。
<――月の光も無い闇に溶けるような、漆黒の髪と瞳をした彼との出会いは、
私が死んだ夜のことだった――>
雅人の瞳と、結衣の瞳のアップ。
「死んだ私と屍術師の契約」 結衣を後ろから守るように抱き寄せる雅人の扉絵
■場面転換(雅人のマンション)
ベッドで寝ていた結衣が目を覚ます。
<―――ここは、どこ?>
寝室を出ると、広いリビング、カウンターキッチンのある綺麗なマンションの一室。
<あれって現実?思い出すだけで恐ろしい……>
路地裏での出来事を思い出して身震いをする結衣。
奥の部屋から雅人が出てくる。
雅人「起きたか」
結衣「あなたは、私を助けてくれた人ですよね?」
雅人「俺の名前は加賀見雅人だ。どうやら動けるようだな」
黒いシャツを着た雅人が自己紹介をする。
結衣「え! 加賀見雅人って、あのミステリー作家の?
本屋にいっぱい並べられてるし、ドラマ化もしてますよね?
うわーすごい! 私は宮野結衣です!」
雅人「…そうだけど。そんなことより、自分の体を心配したらどうだ」
結衣「え?」
雅人「自分の胸に手を当ててみろ」
雅人に言われて、胸に手を置く結衣。
<鼓動が…しない…?>
結衣「そ、そんな…!」
慌てて右手で左手首の脈を触る。
<脈拍がない…そして自分の肌が、氷のように冷たい…!>
結衣「私、死んでるの…?」
雅人「ああ。信じられないかもしれないが、間違いなく君の心臓は止まっている」
結衣「じゃあ、なんで私動けるの?」
雅人「俺は屍術師だ。死霊使いとも呼ばれる種族の末裔。普段はそれを隠して過ごしている」
<ネクロ…? なにそれ…>
聞いたことがない言葉に首を傾げる結衣。
結衣「ゲームとかに出てくる、僧侶みたいなことですか?」
雅人「…少し違うな。どちらかというと黒魔術師みたいなものだ」
腕を組み、淡々と説明する雅人。
雅人「俺は死体を生き返させることはできない。死んだ体に、魂を留めておくことができるだけだ」
雅人「人は肉体が死んで、一定時間が経つと魂も消えることになっている。
その間に契約をすれば、死んだ体に魂を留めることができるんだ」
路地裏での雅人の言葉を思い出す。
『俺と契約しろ』
<あれはそういう意味だったのね>
『俺から離れないことだ』
結衣「じゃあ、側から離れるなっていうのは、どういう意味?」
雅人「肉体は死んでいて、魂をそこに結びつけているだけだから、常に主人である屍術師から霊力をもらっていることになる」
雅人「契約者という意味で『ヴァレット』と呼ばれる者は、主人から霊力の供給を受け続けることで、死んだ体を動かせる。
逆に霊力が届かない距離まで主人から離れてしまうと、動けなくなり魂も消滅する」
雅人「まあ、人と契約するのは初めてだから、どのくらい離れていいのかとかはわからないがな」
結衣「今まで契約したことがなかったのに、どうして私を助けたの?」
少し困ったように目を伏せる雅人。
雅人「…目の前で人が死んでいることが、たまたま今までなかっただけだ。
そして君が、生きることを望んだからな」
確かに、そんなよくある状況では無いかと結衣は納得する。
結衣「私は死んでいて、彼は私の屍術師で。体に魂を留めているから、離れてはいけない…」
<頭が追いつかないな…>
雅人「まあ受け入れられないのも無理はない。それこそミステリー小説でも無いような状況だからな」
<信じられないけど、鼓動が止まっている私が動けているのが一番の証拠よね…>
雅人の横顔を眺めながら、その整った顔立ちに少しドキドキする結衣。
<加賀見雅人…彼が私の恩人で、主人なのね。
なんか不思議…>
リビングのテレビからキャスターの声が聞こえる。
『次のニュースです。新宿近辺で、女性の不審死が多発しています』
結衣「え!?」
二人でテレビの前に駆け寄る。
『皆、自分の首を絞め窒息していることから、事件と事故の両方で捜査をしておりーー』
立ち入り禁止のテープの貼られた新宿の街と、そこを捜査する警察の姿が映し出される。
路地裏で会った、深くフードを被った男の姿を思い出す。
<あの人が犯人だ…!>
雅人「対象者を操ることができるのだから、犯人も屍術師に違いない」
結衣「やっぱりそうですよね!」
ニュース画面を見ながら、眉をしかめる雅人。
雅人「おそらく、『野良』のやつの仕業だ」
結衣「野良…?」
雅人「俺たちは生まれつき、屍術師の血筋を持つ純血の家系なんだが。
まれに、禁書と呼ばれる術のやり方が記載された本を手に入れ、悪用する奴がいる」
深いため息をつく雅人。
雅人「今回も、愉快犯の野良の仕業だろう」
結衣「見つけましょう、もっと被害者が増える前に!」
雅人「そうだな」
<そうして、平凡なOLだったはずの私は、屍術師の彼の契約者となり、
生きていた時には想像もしなかった運命に巻き込まれていくことになる>
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