死んだ私と屍術師の契約
第二話
<雅人さんとの出会いから数日、私はというとーー>
上司「宮野さん、今度の会議の資料よろしくね」
結衣「はい!」
自分のデスクでノートパソコンを使っている結衣。
<何事もなかったように、職場で働いていた。
私の職場は新宿三丁目、家は中野坂上の方だと彼に教えたら、>
雅人「俺は大抵新宿からは出ない。遠出しないのであれば、君は今まで通りの生活を送って問題ないだろう」
<…と言われたから。なんだか、本当に自分が死んでいるのか信じられないぐらい
日常が続いている>
同期女子「結衣、午後は年に一度の健康診断だって。一緒に近くの病院行こう?」
結衣「そうだね」
◆場面変換 病院
結衣「身長体重測って、次は血圧か」
検査着を着て病院内を歩く結衣。
看護師「…ちょっと待ってね、あれ、記録が出ないわ…?故障かしら」
ピーと機械音がして、血圧計はエラーになってしまう。
<ま、まずい。そうか、血圧測っても測定不能になるんだ!>
看護師「ごめんなさいね。先に心電図を測ってもらえる?」
<心電図? やばいやばいー!>
医師「んん? おかしいな、脈拍が感知できない…」
機械を覗き込む医師、看護師も集まってきて、患者たちも何事かと様子を見ている。
<なんだか大変なことになっちゃった…!どうしよう…!>
■場面転換(雅人のマンション)
結衣「…ということがあって、今回は病院の機械の不調ということで帰ってきたんですが…。
ど、どうすればいいでしょうか」
雅人「それで慌てて俺の家に来たわけか。心臓が止まっているんだから、健康診断なんか受けられるわけないだろう?」
ソファに座っている雅人が呆れたように言う。
<確かに、胸や手首からでも、脈は無い。体温も低くひんやりしている…死んでるん、だもんね……>
結衣「でも、年に一度の健康診断を受けるのが会社の決まりですし、どうしよう……」
落ち込む結衣に、雅人はため息をつきカップを置く。
雅人「検診ができれば、病院の場所はどこでもいいのか」
結衣「え、ええまあ」
雅人「知り合いのやってる病院がある。……そこで都合をつけてもらおう」
スマホを耳に当て、どこかに電話してる雅人。
◆場面転換 二階堂クリニック 病室
<南口の近くの二階堂クリニック……ここが雅人さんの知り合いがやってる病院?>
結衣「診療時間外のようですが…」
雅人「大丈夫だ。入ろう」
真っ直ぐに診察室のドアをノックする雅人。
二階堂「はいはい、どうぞー」
診察室に入ると、白衣にメガネの二階堂が椅子に座っている。
二階堂「雅人、久しぶりに君から連絡が来たと思ったら、彼女の検診予約とは驚いたね」
雅人「彼女じゃない。契約者(ヴァレット)だ」
二階堂「初めまして、医師の二階堂遼です。雅人とは同郷のよしみでね」
白衣についている名札を見せながら、結衣に挨拶をする二階堂。
結衣「はい、よろしくお願いします」
二階堂「へえ、こんな美人さんを契約者にするなんて、雅人もすみに置けないねぇ」
軽口を言いながらニコニコ笑っている二階堂。不服そうに腕を組む雅人。
<二階堂先生、雅人さんの同郷ってことは、まさかこの人も……?>
二階堂「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいな。そうだよ、僕も雅人と同じ屍術師さ。表向きは、しがない開業医だけど」
やれやれ、と肩をすくめる二階堂。
<やっぱり、屍術師なんだ>
雅人「お喋りはそこまでにして、要件は伝えただろう」
二階堂「久しぶり会ったんだから良いじゃないか。はいはい、彼女の検診結果を書けばいいんだろう? 身長と体重を教えてくれる? 他の数値は適当に女性の平均値を書いておくね」
サラサラと検診の結果の用紙にペンで書き込んでいく二階堂。
<え、そんな適当な感じで良いの?>
驚く結衣。病院名と最後にハンコを押す二階堂。
二階堂「はいできた。これを会社に提出すればオッケーだよ。来年もうちに来なね」
結衣「あ、ありがとうございます……!」
二階堂「死体が動いているだけだから、脈拍も血液もないのが不便だよね。見た目ではわからない分、尚更。お店の入り口にある体温のセンサーに引っかからないように、貼るホッカイロを常に服の下に貼っておくのがおすすめだよ」
結衣「なるほど…」
二階堂の言葉に、急いでメモを取る結衣。
二階堂「雅人。契約者にするなら、その後の生き方もちゃんと教えてあげなきゃダメじゃないか」
雅人「……急だったからな。それに、俺はお前と違って今まで一度も契約者を作ったことがない」
二階堂「はは、そうだったね」
<二階堂先生にも、契約者がいるの……?>
コンコン。(診察室のドアをノックする音)
男児「せんせー、お客さん?」
女児「お休みの時間でしょ?あそぼうよー」
二階堂「こらこら、先生は今お客さんとお話ししているんだ。部屋で待ってなさい」
男児「はーい」
結衣「あら、お子さんですか? 可愛いですね」
二階堂「いや、僕の子供じゃないよ。彼らは僕が勤務医時代に治療してた、孤児の子だ」
結衣「え……?」
二階堂「不治の病で身寄りもないまま死んでしまった子たちを、屍術師の力を使って契約者として過ごしてもらってる。一生子供の姿のままだけど、幼いまま死ぬのは可哀想だからね」
結衣「すごい、ご立派です!」
<そっか、屍術師の力の使い方ってそういうのもあるのね…!>
二階堂「はは、でも七人も面倒見るのは大変で、家は幼稚園状態だ」
結衣「な、七人?」
二階堂「魔力の消費も半端ないから大変なんだけどね」
男児「ねえお姉ちゃん、この絵本読んで」
女児「おままごと遊びしようよー」
結衣「うん、いいよ!」
子供に囲まれ、笑顔の結衣。
やれやれとため息をつく雅人に、結衣に聞こえないように小声でつぶやく二階堂。
二階堂「新宿の通り魔の被害者か、彼女」
雅人「…そうだ、よく分かったな」
二階堂「わかるよ、僕は医者だよ? 長い髪でわかりにくいけど、首にうっすら跡があるだろう」
雅人「犯人はおそらく『贋作』だ。勝手なことをしてくれる」
二階堂「彼女を君の契約者にしたのは、それが理由?」
雅人「そうだ」
二階堂「本当かなぁ。今までずっと、同胞や贋作の奴らに無関心だった君が、急に?」
雅人「……」
二階堂「まあ、あまり事件にも彼女にも深入りしない方が身のためだよ。またあの頃のように戻りたくないだろう」
雅人「……分かっている」
子供と楽しそうに遊ぶ結衣を二人で見つめながら、重々しく頷く雅人。
◆雅人宅
結衣「今日はありがとうございました。おかげで、検診の結果ももらえましたし」
<偽造だからバレないか心配だけど…。子供とも遊べたし、楽しかったな>
雅人「ああ。……はぁ」
あくびを噛み殺す雅人。
雅人「昨日小説の締切で、徹夜だったんだ。少し寝る。……君はこの部屋にいてもいいし、帰ってもいい。好きに過ごしてくれ」
それだけ言うと、雅人はソファに横になり、眠ってしまった。
<疲れている時にお邪魔して、病院に案内してもらって悪かったな……>
彼の一人暮らしの部屋を見回して、結衣はそうだ、とひらめき手を打つ。
◆時間経過 雅人宅:夜
雅人がソファから目覚める。
雅人<一時間ぐらい眠ったか……>
結衣「あ、起きましたか。キッチンお借りしてます!」
エプロン姿の結衣が、ソファに座る雅人に声をかける。
結衣「もう夕飯の時間ですし、軽くご飯作っておきました。あと洗濯ものは洗濯乾燥機使って畳んであります。掃除も軽く」
畳んである衣服や、テーブルに並んだ料理を見て、雅人が立ち上がる。
雅人「食事は宅配か外食だし、週に1回ハウスキーパーを呼んでいる。君がする必要はないよ」
雅人の言葉に結衣は首を横に振り、エプロンを外しテーブルの席に座る。
結衣「遅くなりましたが、私を助けてくださったお礼をまだしてなかったなと思いまして」
<あの夜殺されていたはずの私が、こうやって普通に喋って、歩いて、笑えるだけで、すごく嬉しいんだもん>
結衣「このくらいしかできませんが…お嫌いでしたか?」
結衣の問いに、雅人が首を横に振る。
雅人「いや……ありがとう。パスタ好きなんだ、食べるよ」
結衣「よかった! スープもあるのでよそりますね」
キッチンへ向かう結衣を見つめ、雅人が昔を回想する。
<わたし、ゆいっていうんだ。よろしくね!>
幼い少女が、手を差し伸べてくれている。
雅人「……俺が必ず…」
結衣「? 何か言いました?」
雅人「…いや」
エプロン姿で聞き返してきた結衣に、小さく微笑みパスタを口へと運ぶ雅人。
第2話 完
上司「宮野さん、今度の会議の資料よろしくね」
結衣「はい!」
自分のデスクでノートパソコンを使っている結衣。
<何事もなかったように、職場で働いていた。
私の職場は新宿三丁目、家は中野坂上の方だと彼に教えたら、>
雅人「俺は大抵新宿からは出ない。遠出しないのであれば、君は今まで通りの生活を送って問題ないだろう」
<…と言われたから。なんだか、本当に自分が死んでいるのか信じられないぐらい
日常が続いている>
同期女子「結衣、午後は年に一度の健康診断だって。一緒に近くの病院行こう?」
結衣「そうだね」
◆場面変換 病院
結衣「身長体重測って、次は血圧か」
検査着を着て病院内を歩く結衣。
看護師「…ちょっと待ってね、あれ、記録が出ないわ…?故障かしら」
ピーと機械音がして、血圧計はエラーになってしまう。
<ま、まずい。そうか、血圧測っても測定不能になるんだ!>
看護師「ごめんなさいね。先に心電図を測ってもらえる?」
<心電図? やばいやばいー!>
医師「んん? おかしいな、脈拍が感知できない…」
機械を覗き込む医師、看護師も集まってきて、患者たちも何事かと様子を見ている。
<なんだか大変なことになっちゃった…!どうしよう…!>
■場面転換(雅人のマンション)
結衣「…ということがあって、今回は病院の機械の不調ということで帰ってきたんですが…。
ど、どうすればいいでしょうか」
雅人「それで慌てて俺の家に来たわけか。心臓が止まっているんだから、健康診断なんか受けられるわけないだろう?」
ソファに座っている雅人が呆れたように言う。
<確かに、胸や手首からでも、脈は無い。体温も低くひんやりしている…死んでるん、だもんね……>
結衣「でも、年に一度の健康診断を受けるのが会社の決まりですし、どうしよう……」
落ち込む結衣に、雅人はため息をつきカップを置く。
雅人「検診ができれば、病院の場所はどこでもいいのか」
結衣「え、ええまあ」
雅人「知り合いのやってる病院がある。……そこで都合をつけてもらおう」
スマホを耳に当て、どこかに電話してる雅人。
◆場面転換 二階堂クリニック 病室
<南口の近くの二階堂クリニック……ここが雅人さんの知り合いがやってる病院?>
結衣「診療時間外のようですが…」
雅人「大丈夫だ。入ろう」
真っ直ぐに診察室のドアをノックする雅人。
二階堂「はいはい、どうぞー」
診察室に入ると、白衣にメガネの二階堂が椅子に座っている。
二階堂「雅人、久しぶりに君から連絡が来たと思ったら、彼女の検診予約とは驚いたね」
雅人「彼女じゃない。契約者(ヴァレット)だ」
二階堂「初めまして、医師の二階堂遼です。雅人とは同郷のよしみでね」
白衣についている名札を見せながら、結衣に挨拶をする二階堂。
結衣「はい、よろしくお願いします」
二階堂「へえ、こんな美人さんを契約者にするなんて、雅人もすみに置けないねぇ」
軽口を言いながらニコニコ笑っている二階堂。不服そうに腕を組む雅人。
<二階堂先生、雅人さんの同郷ってことは、まさかこの人も……?>
二階堂「ふふ、そんなに見つめられると恥ずかしいな。そうだよ、僕も雅人と同じ屍術師さ。表向きは、しがない開業医だけど」
やれやれ、と肩をすくめる二階堂。
<やっぱり、屍術師なんだ>
雅人「お喋りはそこまでにして、要件は伝えただろう」
二階堂「久しぶり会ったんだから良いじゃないか。はいはい、彼女の検診結果を書けばいいんだろう? 身長と体重を教えてくれる? 他の数値は適当に女性の平均値を書いておくね」
サラサラと検診の結果の用紙にペンで書き込んでいく二階堂。
<え、そんな適当な感じで良いの?>
驚く結衣。病院名と最後にハンコを押す二階堂。
二階堂「はいできた。これを会社に提出すればオッケーだよ。来年もうちに来なね」
結衣「あ、ありがとうございます……!」
二階堂「死体が動いているだけだから、脈拍も血液もないのが不便だよね。見た目ではわからない分、尚更。お店の入り口にある体温のセンサーに引っかからないように、貼るホッカイロを常に服の下に貼っておくのがおすすめだよ」
結衣「なるほど…」
二階堂の言葉に、急いでメモを取る結衣。
二階堂「雅人。契約者にするなら、その後の生き方もちゃんと教えてあげなきゃダメじゃないか」
雅人「……急だったからな。それに、俺はお前と違って今まで一度も契約者を作ったことがない」
二階堂「はは、そうだったね」
<二階堂先生にも、契約者がいるの……?>
コンコン。(診察室のドアをノックする音)
男児「せんせー、お客さん?」
女児「お休みの時間でしょ?あそぼうよー」
二階堂「こらこら、先生は今お客さんとお話ししているんだ。部屋で待ってなさい」
男児「はーい」
結衣「あら、お子さんですか? 可愛いですね」
二階堂「いや、僕の子供じゃないよ。彼らは僕が勤務医時代に治療してた、孤児の子だ」
結衣「え……?」
二階堂「不治の病で身寄りもないまま死んでしまった子たちを、屍術師の力を使って契約者として過ごしてもらってる。一生子供の姿のままだけど、幼いまま死ぬのは可哀想だからね」
結衣「すごい、ご立派です!」
<そっか、屍術師の力の使い方ってそういうのもあるのね…!>
二階堂「はは、でも七人も面倒見るのは大変で、家は幼稚園状態だ」
結衣「な、七人?」
二階堂「魔力の消費も半端ないから大変なんだけどね」
男児「ねえお姉ちゃん、この絵本読んで」
女児「おままごと遊びしようよー」
結衣「うん、いいよ!」
子供に囲まれ、笑顔の結衣。
やれやれとため息をつく雅人に、結衣に聞こえないように小声でつぶやく二階堂。
二階堂「新宿の通り魔の被害者か、彼女」
雅人「…そうだ、よく分かったな」
二階堂「わかるよ、僕は医者だよ? 長い髪でわかりにくいけど、首にうっすら跡があるだろう」
雅人「犯人はおそらく『贋作』だ。勝手なことをしてくれる」
二階堂「彼女を君の契約者にしたのは、それが理由?」
雅人「そうだ」
二階堂「本当かなぁ。今までずっと、同胞や贋作の奴らに無関心だった君が、急に?」
雅人「……」
二階堂「まあ、あまり事件にも彼女にも深入りしない方が身のためだよ。またあの頃のように戻りたくないだろう」
雅人「……分かっている」
子供と楽しそうに遊ぶ結衣を二人で見つめながら、重々しく頷く雅人。
◆雅人宅
結衣「今日はありがとうございました。おかげで、検診の結果ももらえましたし」
<偽造だからバレないか心配だけど…。子供とも遊べたし、楽しかったな>
雅人「ああ。……はぁ」
あくびを噛み殺す雅人。
雅人「昨日小説の締切で、徹夜だったんだ。少し寝る。……君はこの部屋にいてもいいし、帰ってもいい。好きに過ごしてくれ」
それだけ言うと、雅人はソファに横になり、眠ってしまった。
<疲れている時にお邪魔して、病院に案内してもらって悪かったな……>
彼の一人暮らしの部屋を見回して、結衣はそうだ、とひらめき手を打つ。
◆時間経過 雅人宅:夜
雅人がソファから目覚める。
雅人<一時間ぐらい眠ったか……>
結衣「あ、起きましたか。キッチンお借りしてます!」
エプロン姿の結衣が、ソファに座る雅人に声をかける。
結衣「もう夕飯の時間ですし、軽くご飯作っておきました。あと洗濯ものは洗濯乾燥機使って畳んであります。掃除も軽く」
畳んである衣服や、テーブルに並んだ料理を見て、雅人が立ち上がる。
雅人「食事は宅配か外食だし、週に1回ハウスキーパーを呼んでいる。君がする必要はないよ」
雅人の言葉に結衣は首を横に振り、エプロンを外しテーブルの席に座る。
結衣「遅くなりましたが、私を助けてくださったお礼をまだしてなかったなと思いまして」
<あの夜殺されていたはずの私が、こうやって普通に喋って、歩いて、笑えるだけで、すごく嬉しいんだもん>
結衣「このくらいしかできませんが…お嫌いでしたか?」
結衣の問いに、雅人が首を横に振る。
雅人「いや……ありがとう。パスタ好きなんだ、食べるよ」
結衣「よかった! スープもあるのでよそりますね」
キッチンへ向かう結衣を見つめ、雅人が昔を回想する。
<わたし、ゆいっていうんだ。よろしくね!>
幼い少女が、手を差し伸べてくれている。
雅人「……俺が必ず…」
結衣「? 何か言いました?」
雅人「…いや」
エプロン姿で聞き返してきた結衣に、小さく微笑みパスタを口へと運ぶ雅人。
第2話 完