死んだ私と屍術師の契約
第三話
◆結衣の会社、夕方
デスクに座り、考え事をしている結衣。
(この前は、雅人さんに食事喜んでもらってよかったなぁ)
先に帰る先輩たちに挨拶をする結衣。
(でも、私彼のこと何も知らない。屍術師としてどういう人生を送ってきたのか、どんな性格で、何が好きなのか、とか…)
(ミステリー作家で、パスタが好きってことだけだな)
ノートパソコンの電源を切り、立ち上がる結衣。
(屍術師と契約者としてだけでなく、こうなったら運命共同体だし、もっと仲良くなれれば良いな)
結衣「お疲れ様でーす!」
カバンを持ち、退社の挨拶をする。
◆場面転換:オフィスの外、新宿駅前(夕方)
ピコンッ<スマホの画面に通知が来る>
(あれ、雅人さんから連絡だ。なんだろ…?)
『仕事が終わったら、うちに来てくれないか』
(なんか用事かな?)
『今さっき終わったので、向かいますね』
返信を送り、歩き出す。
(じゃあマンションに向かうか……あれ?)
ズキッ…!
頭が痛み、こめかみを押さえる結衣。
【……たくないかい……?】
(なんだろう、頭の中で声がする……?)
【遠くに行きたくはないかい……?】
(誰の声……? うっ……!)
頭を押さえてうずくまる。周りの通行人から心配そうな視線。
通行人「あの、大丈夫ですか?」
女性がうずくまった結衣に声をかける。
結衣「……大丈夫、です」
立ち上がった結衣、洗脳されているように、目の中に光が無い。
結衣「行かなきゃ……遠くへ……」
ぶつぶつ呟きながら、ふらつきながら歩き出す。
◆場面転換:雅人のマンション自室
『今さっき終わったので、すぐ向かいますね』
という結衣からのメールをソファで見ている雅人。
雅人「遅いな……」
時計を眺め、もう何時間も経っている。
雅人「一体どこに……」
ハッと顔を青ざめさせる雅人。
左胸を押さえる。
雅人(魔力の供給場所が…どんどん離れていく……!?)
結衣が遠く離れていくことに勘づく。
◆場面転換:横浜みなとみらい(夜)
みなとみらいの観覧車を見ながら、ぼんやりとベンチに座っている結衣。
(綺麗な景色……。そうだ、生まれ故郷の横浜の夜景、久々に見たかったんだ……)
(なんだろう、体に力が入らない……すごく眠い……)
瞼が閉じそうに、うとうとしている結衣。
回想シーン
泣いている幼い男の子の姿
(ゆいちゃん、いかないで、ゆいちゃん)
(誰だったっけ…懐かしい声……ああ、思い出せない……)
雅人「……い、結衣!」
雅人「結衣、しっかりしろ!」
必死の形相で結衣の両肩を抱き寄せる雅人。
結衣「ま、雅人さん、どうして……?」
抱きしめられ、顔を赤くする結衣。
結衣「って、私なんでこんなところに?」
雅人「それはこっちの台詞だ……っ!」
息を切らせている雅人。急いで走ってきたことがわかる。
雅人「新宿から離れちゃいけないって言っただろう。君は常に俺からの魔力を供給を受けないと、魂が体から抜けて、本当の意味で死んでしまうんだぞ」
(すでに死んでいる肉体と、魂を結びつけてくれているのは、雅人さんの屍術師としての
能力、だものね)
結衣「さっき、頭の中で声が聞こえて、そしたら体が勝手に……」
雅人「! 贋作の仕業か……!」
苦々しく唇を噛む雅人。
雅人「微かな魔力を頼りに探し出せてよかった。しかし、長い時間離れてしまっていたので、歩けないだろう」
ぐいっ
結衣をお姫様っ抱っこする雅人。
結衣「わっ……!」
雅人「タクシーを拾って家に戻ろう」
結衣「は、恥ずかしいです、自分で歩けます……!」
ジタバタと恥ずかしがる結衣を、仕方がなく下ろす雅人。
雅人「そうか。触れていた方が直に早く魔力を補えるから、これで」
そっと結衣の手を握る。
(手繋ぐのも、カップルだらけの場所で恥ずかしい……!)
手を繋いだ状態で、道路へ手をあげタクシーを止める雅人。
◆場面変換:タクシー内(夜)
雅人のスマホが鳴る。着信画面には「二階堂遼」。
雅人「もしもし…遼か?」
二階堂『やあ。贋作が、契約者たちを『遠隔操作』したみたいだね。君のところもかい?』
雅人「…ああ、危ないところだった。そっちは?」
◆場面転換:二階堂クリニックの診察室
入り口のドアには「本日は休診にさせていただきます」という張り紙。
二階堂「どうやら『故郷に帰るように』と指示したみたいだ」
スマホを耳に当て、悔しそうな顔の二階堂。
二階堂「こっちは子供七人が一斉に散り散りに行動したからね……二人ほど間に合わなくて、抜け殻になってしまった」
悔しそうな顔で、倒れている子供二人を見下ろしている。
「うわーん! みおちゃん、はやとくん!!」
「しんじゃやだよーー!!」
魂が抜け、死んでしまった男女の子供。
悲しくて泣鬼弱っている、残りの五人の子供たち。
二階堂「この前、深入りするなと言ったけど、前言撤回だ。……僕も贋作探しに協力するよ」
逆光の眼鏡を押し上げる二階堂。
二階堂「これ以上、紛い物に好き勝手されて黙っていられるほど、『呪われた血』は甘くはないって、わからせてやろう」
目はブチギレている笑みを浮かべる。
◆夜のタクシー内
雅人「……同感だ。また連絡する」
疲れて眠ってしまあった隣の結衣を眺めながら、電話を切る雅人。
◆雅人のマンション:夜
雅人「この前、新宿近辺にいれば自由に生活して良いと伝えたね」
ソファの前に座る結衣に話しかける雅人。
雅人「今回のこともある。犯人が見つかるまでの間、この家で過ごさないか」
結衣「えっ、雅人さんの家で、一緒に…?」
雅人「ああ。また今回のようなことがあっても、すぐに俺が守れる」
結衣(確かに、勝手に操られて離れていっちゃうなんて、怖いな)
結衣「わかりました。仕事はリモートワークを申請して、なるべく出かけないようにします」
雅人「ありがとう。犯人を探し出して捕まえるまでの辛抱だ。遼も手伝ってくれるようだ」
結衣「二階堂先生も。それは頼もしいです……っ」
頭が痛み、貧血のようにふらついてしまう結衣。
雅人「大丈夫か」
結衣の体を支える。
結衣「す、すみません」
雅人「まだ魔力が足りてないんだろう、手を出して」
結衣が手を出すと、雅人の左胸に結衣の手のひらを当てるようにする。
雅人「魔力の供給は、俺の心臓から行われる。そこに触れるのが一番早く確実だ」
ドクン、ドクン……
(温かい手……雅人さんの心臓の鼓動が響いてくる……)
結衣「なんだか、力が出てきました」
雅人「そうか、良かった。また体調が悪くなったら教えてくれ」
結衣「はい!」
結衣が笑うので、雅人もそっと微笑む。
雅人「……ああそうだ、今日呼ぼうとした理由なんだが」
結衣(会社帰りに家に来てくれって言われてたんだったわ)
雅人「これを君に渡そうと思って」
ラッピングされた箱を手渡す雅人。
結衣「開けていいですか…?わ、素敵なスカーフ!」
箱を開けると、上品な柄の高価なスカーフが入っている。
雅人「この前、作ってくれた食事のお礼だよ」
結衣「そんな、私が勝手にやったことですし、こんな高価そうなもの悪いです…!」
雅人「いいんだ。それに、首の跡が隠れると思う」
結衣「あ……!」
結衣(首についた痣、髪の毛で隠してたんだけど、気がつかれてたのね)
結衣「じゃあ、お言葉に甘えて……ど、どうですか?」
早速首にスカーフをつけてみる結衣。
雅人「似合ってるよ」
結衣「ありがとうございます、大事にします!」
笑い合う二人。穏やかな空気が流れている。
◆場面変換:「贋作」犯人の部屋
パーカーを深く被った男が、暗い部屋で体育座りをしている。
??「早く会いたいよ……僕のお嫁さん……ふふっ」
そう呟き、不気味な笑みを浮かべる謎の男。
<第3話完>