愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「小春。すまないがタクシーを呼んでくれないか?」

 さすがに彼女を帰した方がいいと判断した千隼さんが、私に声をかけてきた。

 いくら酔っているとはいえ、山科さんはちゃんと受け答えができている。これなら、ひとりでタクシーに乗せても大丈夫だと考えたようだ。

 気づかわしげに千隼さんを見る部下のふたりに、彼は「山科はもう帰らせる」と告げている。続けて、「せっかくの金曜日なんだから、二件目にでも行って来たらどうだ?」と軽い口調で伝えた。

「早く奥さんとふたりになりたいのが、バレバレですって」

 しっかりしているようでも、彼らもそれなりにお酒を口にしている。
 茶化すように答えた櫛田さんに、「わかっているなら最初からそうしてくれよ」と、千隼さんが苦笑した。

 タクシーの到着を知らせると、千隼さんが山科さんに立つように促した。

「おい、山科。しっかりしろって。俺が連れていくから」

 すかさず、櫛田さんが立ちあがった。

「嫌よ。千隼先輩がいいんだから」

 彼女は冗談めいたように言うが、周囲は困惑を深めた。

 ふわふわした様子の彼女は、彼のスーツの袖を掴んだまま一向に放そうとしない。
 果たしてその言動は、本当に酔いからくるものなのだろうか。私は彼女の気持ちを知っているだけに、酔ったふりをしているのではと疑って見てしまう。

 上司である千隼さんに任せるわけにはいかないと、彼女の言葉を無視して櫛田さんたちが動き出す。
 それでもかたくなな山科さんに、埒が明かないと千隼さんがふたりを制した。
< 120 / 154 >

この作品をシェア

pagetop