愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「仕方がない。俺が連れていくから」

 少々うんざりしたようにそう言った彼は、立ち上がって山科さんを支えた。
 
 ふたりの近い距離を目にしただけで、胸が苦しくなる。
 居酒屋で働いていればこんな場面は幾度となく目にしており、それほど珍しくもない。

 けれどそれが千隼さんと山科さんだということに、心が落ち着かない。まるで親密な関係であるのを見せつけられているようで、不安でたまらなくなる。

 そんな私に気づいているのかはわからないが、千隼さんが申し訳なさそうな顔を向けてくる。

「悪い、小春。表まで山科を送ってくる」

「う、うん」

「山科、行くぞ」

 千隼さんはなんとか彼女にバッグを持たせて、外に連れ出す。
 足もとのおぼつかない山科さんは、酔いに任せて千隼さんにしなだれかかった。
 そんな様子はとても見てられなくて、すぐさま視線を逸らした。

 けれど今は店員としてこの場にいるのだと思い出し、無理やり頭を切り替える。彼女の席を片づけようと、テーブルに近づいた。

「あっ、忘れ物」

 床に落ちていた、女性もののハンカチを拾う。位置関係からして、山科さんのものだろう。

「俺、届けてきます」

 すぐだから自分が行ってくると、立ち上がりかけた櫛田さんを止める。
 
 正直に言えば、ふたりが密着しているところなんて見たくもない。
 けれど、私が知らないところでどんなやりとりがされているのか気になるのも事実で、ハンカチを受け取って外に出た。
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