愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 父にはそんな話を聞いたこともないから、親の権力が実際に現場でどれほどの影響があるのかはわからない。
 けれどたしかに、心理的にわずかなりにも左右されるかもしれないと想像する。現に私は彼女の出自を知っただけで、気安く話していいのか戸惑いってしまった。

 ただ、千隼さんはそんな権力を望んでいたのかと疑問に思う。
 私の知っている彼の姿からは到底考えられないが、それもまた彼女なら知っている千隼さんの一面なのだろうか。

「実際に」

 意味深に言葉を切った山科さんが、正面から私を見据える。

「学生のうちから、私と千隼先輩が結婚する話も持ち上がっていたのよ」

「結婚……」

 初めて聞かされた事実に、呆然とする。

「千隼先輩もずいぶん乗り気だったのよ。在学中は異性をいっさい近寄らせなかったのに、私だけは気を許してくれていたくらいだもの。まあ、どんな関係にあったかは、彼との秘密にさせてもらうわ」

 親密な仲だったと、暗に仄めかされる。

「彼も、気心も知れた仲だったし、私とならって」

 学生時代の千隼さんとは、義父を迎えに来た折に何度か顔を合せている。
 あの頃にはすでに、彼の隣に山科さんがいたのか。

 私にしてくれたように、千隼さんは彼女の手を握り、口づけをして。学生とはいえ大人同士の交際なのだから、それ以上の関係にもあってもおかしくない。

 過去の話なのだから、私にとやかく言う権利はない。
 でも、近しい関係にあった彼女が今でも彼の近くにいる現実が怖くい。不安と緊張で、指先が冷たくなっていく。
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