愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 気まずい沈黙が続く。

 千隼さんとは頻繁に連絡を取り合っているが、山科さんについて彼からはひと言も聞いていない。
 一度だけ、千隼さんについて紅葉亭へ来た時も、親密な関係を想わせる振る舞いはなかったはず。複数人いたため、席も離れていたくらいだ。

 山科さんを見る限り、彼女は千隼さんへ未練を残しているが、千隼さんにとってはもう過去の話なのだろうか。

 私との結婚は父親同士の関係が影響した可能性は否定できないが、短期間でスムーズに決まった。
 彼の方に私に対する明確な恋愛感情はなく、けれど結婚してもいいと思う程度には好かれていたと信じたい。

 でも山科さんの話を聞いていると、千隼さんは彼女を忘れるために次に進んだのかもしれないと考えてしまった。

「なんか、ごめんなさいね。本当は黙っておくつもりだったのよ。だけど……」

 言葉を濁した彼女は、なにを言おうとしたのだろうか。

 結婚したにもかかわらず、彼のサポートを放りだして実家を手伝う私をよく思っていないのは明白だ。彼女はそれを不満に感じている。
 きっと、言葉の続きは私への非難だったのだろう。

「紅茶が冷めてしまったわね。残りもいただいちゃいましょう」

 山科さんは打って変わって明るい声でそう言うが、明らかに空元気だ。
 けれど、さらに私からなにかを問いかける勇気はなくて、素直に従った。

 無理やりカップを口に運んだものの、頭の中は混乱を極めていた。
 心がかき乱され、彼女の方を見られなくなった。

 そこからはお互いに無言になり、美味しいはずのスイーツの味もまったくわからない。
 店を出て別れを告げると、逃げるようにその場を立ち去った。
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