愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 あんなやりとりをしたというのに、頻度は減ったものの、山科さんは同僚と共に紅葉亭に来ていた。
 彼女の気さくな雰囲気は変わりないが、私に直接声をかける機会はなくなった。人を介して振られた話題に相槌を打つ程度だ。その変わり様は、当事者にしかわからないかもしれない。

 まるでなにもなかったかのような態度でいられるから、どうしていいのかわからなくなる。
 私としてはできれば会いたくないが、来店を拒否するわけにもいかない。気にしないふうを装い続けているものの、私の心中は複雑だ。

 山科さんとの関係を、千隼さんに尋ねるなんて到底できなかった。
 多忙な彼の邪魔になりたくない。というのは、苦し紛れの言い訳に過ぎない。

 事実を知るのが怖い。
 彼の心が誰に向いているのか。遠く離れていては、いくら一緒に暮らすのが楽しみだと言われても、自信が持てなくなっていく。

 べつに彼が浮気をしたわけではないと、開き直ってもみた。
 現在進行形の関係でもないのに、気にしても仕方がないと自分に暗示をかける。

 それに、いくらの温厚な千隼さんでも、過去を探られるなんて不愉快に感じるに違いない。
 だから、なにも聞かないままでいる。そう納得するしかなかった。

 当然ながら、義父に聞くわけにもいかない。

 彼女と義父が店で遭遇しないかとヒヤヒヤしていたが、今のところそれもない。実際そんな場面に直面したら、私は逃げだしていたかもしれない。

 千隼さんと共に山科さんからは遠い場所にいれば、この不安もなくなるだろうか。
 
 早くベルギーに戻りたい。
 そのためにも父の早期の復帰を願っていたけれど、その間に世界を取り巻く事情が変わってしまった。
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