愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「千隼さん、今日はおひとりじゃないんですね」

 はじめて人を連れて行った俺を見た小春さんは、いつものように微笑みながら迎え入れてくれた。

「こんばんは。高辻さんの部下の櫛田です」

 愛想のいい櫛田が、小春さんに向けて朗らかな笑みを見せる。それが、なんだか気に食わない。

「こんばんは。こちらへどうぞ」

 案内された席に着く。
 櫛田は店内に飾られた酒瓶を、興味深そうに見回していた。中には希少なものもあったようで、「すごい」と小声でつぶやいている。

「なににしましょう?」

「今日の一品と……合うお酒ってどれだろうか」

 店内の掲示には、今日は揚げ出し豆腐がお薦めとあった。
 日本酒の知識はそれほどなくて、メニューの説明を見ながら頭を悩ませる。

「そうですね。お料理があっさりとした味つけなので、吟醸系の日本酒で……」

 まさか小春さんから返答があるとは思わず、はっと顔を上げる。そうして、真剣な顔つきで思案する彼女を遠慮なく見つめてしまった。

「王道の久保田もいいですし、ああ、喜久泉なんかも合いそうです。先日、祖父が青森へ行った際に仕入れてきたんですけど、香りが華やかなお酒なんですよ」

「じゃあ、それを飲んでみようかな」

「ありがとうございます」

 具体的な情報を提供できるのは、彼女も試飲したからだろうか。
 喜久泉は彼女が勧めてくれた通りの美味しいお酒で、料理との相性もよかった。

 人を連れているのもあり、小春さんとの〝内緒ですよ〟のやりとりはない。
 あれは俺だけに対するサービスだったと、そこに優越感を抱いている自分に気づいたのは店を出た後だった。
< 67 / 154 >

この作品をシェア

pagetop