愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「いやあ、美味しかったですね。大将も聞いていた通りの気のいい人だし」

 正樹さんに櫛田を職場の後輩だと紹介したのもあり、手の空いたタイミングで話が弾んだ。
 今でも務めている共通の知人の、若い頃の失敗談なんかで盛り上がっていたが、正樹さんの人柄がそれを陰口のようには聞かせない。
 あくまで笑い話のひとつとして語られるから、聞いているこちらも楽しめてしまう。

 最後は『日本の未来を背負って立つんだ。がんばれよ』と励ましと共に見送られた。

「看板娘の小春さんもかわいくて。とにかく楽しかったです。また連れて行ってくださいね」

「ああ」

 あっけらかんとした口調の櫛田になんとかそう返したものの、浮かない気分になった。

 こうして人を連れてきたことで、初めて自分の独占欲に気づかされる。
 小春さんのよさは俺だけが知っていればいいのだと、自身の内に生まれた子どもじみた考えに苦笑した。

 いつから小春さんが、俺にとって特別な存在になっていたかはよくわからない。
 最初は間違いなく、お互いに手のかかる父親がいて大変だと、同士のような気分でいたはずだ。

 世話好きな彼女は、誰に対しても親切な気遣いを見せる。それが心地よくて、父の呼び出しもあまり苦にならなくなっていった。

 正樹さんの話が面白くて頻繁に通っているうちに、彼女ともそれなりに親しくなった。
 でもそれは、あくまで客と店員の域を出ていない。もしくは、働き者の妹を見つめるような気分でいた。

 自分が入省してからは、珍しく父が気を遣ったのか呼び出されなくなった。そのため店からは遠ざかっていたが、特別なにかを思いはしなかったはず。

 ただ、ふとした拍子に無性に懐かしくなる。
 とくに海外にいた頃は、紅葉亭に行きたいといと何度も考えた。

 そのとき自分が求めていたのは、果たして正樹さんのつくる料理だったのか。それとも、あの家庭的な空間だったのか。
 当時の自分にとっての一番望みは今となっては曖昧だが、紅葉亭を思い浮かべたとき、そこには必ず明るい笑顔の小春さんの姿があったと気づく。

 そうして数年ぶりに紅葉亭へ足を運び、再会した小春さんに胸が高鳴った。
 大人びたその姿に、もう妹のようだとは感じない。むしろ、素敵な女性へと成長した彼女に目を奪われていた。
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