愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 忙しさにかまけて異性との交際とはずいぶん遠のいていたのもあり、久しぶりに抱いた感情に戸惑った。けれど、面倒だとは感じない。

 日ごろから父親に、そろそろ家庭を持てと何度か言われていた。
 たまに見合いの話も出されたが、まるで反抗するように退けてきたのは大人げなかったかもしれない。両親の割り切った関係に嫌気がさして、父親の話を素直に受け取れていなかった。

 寂しい幼少期を過ごしてきただけに、温かな家庭に憧れを抱いていたのは事実だ。
 けれど、これまで出会った女性とはそれが実現できるとはどうしても思えず、関係を深められなかった。
 そのうち自身が多忙になり、結局は独身のまま今に至る。

 あらためて未来を想像すれば、自分の隣に柔らかく微笑む小春さんがいる場面がしっくりきた。
 結局、矢野親子に魅了されたのは、父だけでなく俺も同じだったということだ。

 彼女の中で、俺は客のひとりという認識でしかないだろう。父親同士の関係があるだけに、せめてほかの男よりは一歩近い距離にいると信じたい。

 気持ちを自覚した途端に、彼女にもっと近づきたくなる。当然、まずは恋人からだが、今すぐにそれ以上の関係になりたいと求めてしまう。

 小春さんには、一生、俺の傍にいてほしい。
 その想いは、日に日に大きくなっていった。

 彼女を手に入れるために、ここからどうアプローチをしていけばいいのかと思案したが、同時に本当に動きだしていいのかと迷いもあった。

 今後も俺は、海外を飛び回る生活になるだろう。
 もちろん、別居婚など望んでいない。職務上、妻を伴う機会があり、結婚すればよほどの理由がない限り赴任先に帯同してもらう。

 当然、仕事を辞めざるを得なくなるし、海外での生活は大きな負担になるだろう。
 果たして彼女は、それを受け入れてくれるのだろうか。

 矢野親子の結びつきの強さは、傍から見ていてもよくわかる。そんな彼女を、あの場所から引き離してもいいものなのか。
 まだ想いを告げてもいないのに、自分か彼女にとっていかに悪条件かが目に付いて嫌になる。

 もしかしたら彼女は、紅葉亭を継いでくれる伴侶を求めているのかもしれない。もう決まった相手がいる可能性だってある。

 いろいろと考えすぎて身動きが取れないでいたが、それでも店には通い続けていた。
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