愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
 表に出したつもりはないが、俺の気持ちに目ざとく気づいたのは父親だった。こんなときばかり、持ち前の鋭い観察眼を発揮するのはやめてもらいたい。

「小春ちゃんのような、かわいい娘がほしいなあ」

 そんな白々しいつぶやきを繰り返されて、きまり悪さに苛立ちが募る。俺を試しているのは明白で、あえてそ知らぬふりを通した。

 運悪く紅葉亭で出くわしてしまった夜は、父を連れて帰る羽目になる。

 今は実家を出ているため、遠回りしてまで大の大人をわざわざ送り届けてやろうとは思わない。が、あざとい一面のある父は、店にいるうちからずいぶん酔っぱらったように見せかけていた。

 ついには小春さんに、『大丈夫ですか? ちゃんと帰れるのか心配です。タクシーを呼びましょうか?』と声をかけられている。

 それでもかたくなに『大丈夫、大丈夫』と質の悪い酔っ払いを演じ、しまいには『千隼がいるし』とのたまった。

 舌打ちしそうになったが、彼女がいる手前ぐっとこらえた。

『千隼さんは、もう家を出ているでしょ? 迷惑をかけちゃだめですよ』という彼女の言葉に、内心でほくそ笑んでいたに違いない。
 彼女にそうまで気遣われては、俺が断れないだろうと踏んでのやりとりだ。

 仕方なく父を連れ帰ると了承すると、小春さんは心底ほっとしていた。
 人が好過ぎて心配にもなるが、それも彼女のよいところだ。その優しさに、父に対するいら立ちが和らいでいく。

「小春ちゃんは、本当にいい子だね」

 店を出た途端に父の口調はしっかりしたものに変わり、足取りも危なげない。
 タイミングよくやってきたタクシーに父を押し込み、続いて自分も乗り込んだ。
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