愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「なあ、千隼」

 酔った気配などみじんも感じない父に、舌打ちしそうになる。
 父親とこんなやりとりをするなど経験がなくて、どんな顔をしていればいいのかがわからない。せめて弱みを見せまいと、正面を見据えたまま無表情を装った。

「お前に、小春ちゃんを幸せにする甲斐性はないのか?」

「は?」

 これほどストレートに問われるとは予想外で、瞬時に仮面が剥がれ落ちた。悔しいが、自分より経験値の高いこの人にはいまだに敵わない。

 プライベートでは手の焼ける父親の顔ばかりを見せてきたせいで、職場でやり手だと言われているのを失念していた。
 緩急をつけた揺さぶりで相手につけ入り、自分の思った通りに話を進めるのがこの人のやり方だ。

「正樹がさあ、小春ちゃんに見合いでもさせようかってこぼしていたんだよ。酔っぱらいの相手ばかりしていては、出会いもないって」

 わずかに口調を崩した父が憎らしい。

 小春さんの意志を聞いたうえでの話なのかは疑わしいが、調子に乗った父親がありがた迷惑な暴走をしがちなのは、実父を見ていれば想像に容易い。

 少し前の話になるが、俺が結婚する素振りをいっさい見せないのが気になったのか、この人は勝手に見合いをセッティングしようとしていた。
 父が検討していたうちのひとりは学生時代の後輩で、今では同僚の山科愛奈(あいな)だった。
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