愛を秘めた外交官とのお見合い婚は甘くて熱くて焦れったい
「小春ちゃんが、他所の男のものになってもいいのか」

 ついには、遠慮も節度も失くしたらしい。
 こちらの心情を把握した上での発言だろうから、なおさら質が悪い。

「千隼が、相手に立候補してくれればなあ。そうすれば俺にも小春ちゃんというかわいい娘ができるし、正樹だって遠慮なく彼女に会えるだろ? 遠くの誰かにやるより、よっぽど安心に決まっているって」

 緩んだ表情から察するに、頭の中にはすでにその未来が描かれているらしい。
 軽い調子で言ってくれるが、外交官である俺は父の言う条件に当てはまらない。

「俺と一緒になれば、海外暮らしになってしまう」

 いくら友人の息子に嫁いだと言っても、会うのもままならないのなら本末転倒だ。

「そりゃそうだ。だけど、やっぱりよく見知った相手と結婚してくれた方が、あいつとしても安心できるだろ。正樹は、千隼を気に入っているしな」

〝遠慮なく彼女に会える〟という条件はどこに行ったと問い返したいが、聞いたところで流されるだけなのだろうと口にはしない。
 いや。彼女との結婚の反対理由になるような条件を、俺が挙げたくなかっただけだ。

「勝手な意見だな。彼女自身が、店を離れられないかもしれないぞ」

 周囲の思惑はどうであれ、小春さんの意志を無視するわけにはいかず、それだけは指摘を忘れない。

 さっきから父の話を否定する言葉ばかり返してしまうのは、この人に口で勝てないとわかっての強がりだと自覚している。
 そのくせ、父が俺の言い分をひっくり返してくれることを期待してしまう。
 懸念事項を一つひとつ潰して、小春さんの相手は俺でも許されると、この人が断言してくれるのを望んでいたのかもしれない。
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